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第三章 57.長い一年の始まり

 旧ルテシア領をほとんど手中に収めた勢いをかって、マッサリア軍はアルペドン領内へと攻め入った。

 先頭を切ったのは、竜将ドラゴニアである。

 先のゲランス攻めの時に留守役を任されたのが、よほど口惜しかったとみえる。


「王の指示を待ちましょう」


 マグヌスの忠告もどこ吹く風である。


 彼女は戦場とは思えぬ艶やかな絹をまとって尾花栗毛の派手な馬に乗り、部隊を先導した。

 付き従うのはおよそ九千の兵。

 うち千人は騎兵。豪奢な上掛けをかけているが、鞍も(あぶみ)も無い裸馬に乗っている。

 マグヌスの歩兵五百を入れて約一万人。


 アルペドン王国の首都を目指して進軍する。


「以前活躍したというお前の騎兵が見られないのは残念だ」

「時間がありませんでしたのでね。ただ、いつかは再建したいと思います」

「馬にさほど慣れていない者でも騎兵にできるとは大したものだ」

 

 幼児から馬に親しみ、その分の費用を自弁できる富と地位を持つものだけが騎兵になれる……。

 (あぶみ)を取り入れたマグヌスの騎兵はその秩序に反するものだった。

 

 馬上での姿勢を安定させる(くら)と鐙。

 後世では当たり前の馬具の導入に踏み切れない武将がほとんどだった。


 マグヌス自身、今回は新しい馬具に慣れぬ芦毛馬を使っていることから、鞍も鐙も着けていない。


「アルペドン側は軍を引きましたね。おそらくピュルテス河を盾にするつもりでしょう」

(わたくし)が、真っ先に渡って見せよう」

「お気持ちはわかりますが、後続を待っては……」

「橋が落とされる前に渡りたいのだ」


 しかし、橋は消えていた。

 一見緩やかに流れる乾季の幅広い大河は人の渡れぬ激流である

 しかも彼我の岸はいずれも人の背丈を越える崖になっている。


「この短期間に橋を落とすとは!」


 ドラゴニアは小さく舌打ちした。

 

「騎兵十騎、偵察に出よ。ここ以外に河を渡れる場所を探すのだ」

「ハッ!」


 ドラゴニアとマグヌスは騎兵隊に下馬するよう伝えた。


「皆休め。河を渡る時は激戦になる」


 探索は長くかかった。

 ピュルテス河は暴れ河で、支流も複雑に入り組み、簡単に渡れる浅瀬は少ない。

 そして、数少ない浅瀬の向こうには敵兵らしき姿があった。


「いつまでかかる!」


 苛立ったドラゴニアが美貌に似合わぬ悪態をついたとき、マグヌスが言った。


「橋を再建しましょう」

「ここにか?」

「そうです。よく見てください、あれらの岩礁、人の手が加わったものに見えませんか? 彼らは橋の土台まで壊していく余裕がなかったのでしょう。暴れ川が氾濫したとき、上部のアーチ構造は流れるに任せ、土台を残す工法があると聞いたことがあります」

「大工事になるな」

「五万の兵を渡すのです。やむをえません」

「石材はどうする?」

「石材ではなく木材を使っては?」

「少しは期間が短縮できるな」

「この近隣の者が、なにか知っているかもしれません。徴発して、橋の再建を手伝わせましょう」


 果たして、橋をかけ直した経験のある大工が数人見つかった。彼らは二十五リル銀貨を積まれ、喜んで協力を約束した。


 ドラゴニアとマグヌスの架橋工事はゆっくりと確実に進んだ。

 木製のアーチ橋が徐々に姿を現す。


 アルペドン兵は当然妨害に出たが、マッサリア側も建設中の橋の上から投げ槍や弓で応戦した。


 その間に後続部隊が追いついて来た。


「完成間近だな、ドラゴニア」


 エウゲネス王は満足気に言った。


「敵兵に突っ込むばかりが(わたくし)ではございません」


 完成が待ちきれぬメラニコスは川船を徴発し、綱で縛り合わせて浮橋を作った。


 途中までは良かったが、敵兵の妨害により向こう岸への接岸ができぬ。結局綱を解き、橋の工事の護衛に回った。




 橋は夏の終わりに完成した。

 真新しい橋を、隊列を組んだ五万の兵が槍の穂先をきらめかせて渡ると、待ち構えていたアルペドン兵が、ここぞと襲いかかってくる。


 矢の雨の中、公言通りドラゴニアの隊が先頭で橋を渡り、右手に折れる。盾を掲げて、防御に適した隊の左側を敵に向け、河沿いに地歩を固める。


 次はメラニコスの軍で半ばドラゴニアの軍に守られながら、左手に展開する。


 ピュトンが続き、彼は正面から敵陣に向かった。

 すぐ後ろを、王とテトスの軍が追う。

 

 マグヌスは最後に渡った。

 五万の軍を通しても橋に異常が無いか確認しながらゆっくり渡る。


 あちこちに火矢を受けて焦げたあと。

 橋板は分厚い物を選んだのにすっかりすり減っていた。


(よく持ってくれたものよ)


 マグヌスは苦笑した。


 一歩後ろは河ながら、見事に展開したマッサリア軍に、アルペドン軍は恐れをなした。


(我々の数は少ない。ここで決戦せずとも……)


 指揮官は撤退を命じた。




 渡河を許したアルペドン側は野戦で戦う余力がありながら籠城を選んだ。


マッサリア軍の運んできた食糧をが尽きたところで、グーダート神国を初め他国の援軍を得て、圧倒的な数の優位を得てマッサリア軍を一蹴する構えである。


 マッサリア側は丁寧に王都を包囲し、柵といくつもの拠点を整備した。

 王や将軍はしっかりした幕屋を建て、長期戦に備えた。長い攻城戦の始まりである。


 残念ながら、アルペドン側の「士気が低下するだろう」という読みは外れた。

 マッサリアは、ルテシアの穀物倉庫から十分な食糧を得ていたうえに、肉や野菜は、近隣の農村を襲って入手した。

 持て余した時間は模擬戦や、様々な娯楽を取り入れ、王都が悲鳴を上げるまで居座る構えである。



 長く退屈な包囲のとき……。

 老将ピュトンがエウゲネス王の側に寄ってささやいた。


「マグヌスをそのままにされるのですか! あれの知恵を必要とするルテシアはすでに征服しました。失礼ながら、王妃との関係を疑う者もおります」

「……」

「義理のご両親の前でかかされた恥の意趣返しの好機ですぞ」


 ピュトンはニヤリと笑った。



渡河作戦って難しいですね。

調べてみるといろんなパターンがあってビックリします。


ピュトンの不穏な発言を受けての王の動きは来週です。


木曜夜8時前をお楽しみに!

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― 新着の感想 ―
[良い点] エウゲネスさんがルルディさんとマグヌスさんの関係を疑っているところに、またしてもピュトンがいらん事を言ってくる!!(# ゜Д゜) ピュトン、もう黙っといて!!!!!
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