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第三章 54.没落

 アルペドン王国の二千あまりの軍隊というより、マッサリア王国のメラニコス将軍が進軍して来たことで、ルテシア王国の国民は恐慌に陥った。


 つい最近、彼がゲランス攻めで行った残虐行為は広く知られている。


「中立国を襲うとは誓約に反する」


 ソフォス王による説得が失敗したあと、ルテシアの評議会は直接抗議した。

 

 メラニコスは、鼻で笑った。


「ソフォス王はマッサリアの将軍を傷付けたうえ、アルペドン王国の王子と姻戚関係を結ぼうとしているそうではないか。もはや中立とはみなさない。降伏せよ」


 評議会は、ソフォスを糾弾した。


 ソフォスは議会に立ち、演説する。


「マッサリアの将軍に矢を向けたのは確かだが、それは彼が五千人のアルペドン兵と共にルテシア領内に侵攻しようとしたため。祖国防衛のためやむを得ない行為だった。あの時、評議会も賛成してくれたではないか」


 そして、


「アルペドン王国の王子を手に掛けた覚えはない」


 さらに、


「孫娘をアルペドン王国のエウロストス王子に嫁がせようとしたのは、純粋にその幸せを願う気持ちから。これは一私人の行為であり、国家とは関係ない」


 評議会は信じなかった。

 そもそも、マッサリアが行っていた買収行為で、評議会議員の心はソフォスから離れていた。


 半月の議論を経て、最終的に任期を残してソフォスは罷免(ひめん)された。


 彼は一人の老人になった。


 皮肉なのは、この時になってやっとエウロストス王子が父王の倍、四千人の兵を連れて応援に駆けつけたことだ。


 彼は正面のアルペドン軍を突破して、王都に入城した。骨肉相食む戦いはアレイオ王が避けた。


 今後を論じている議会に、エウロストスは武装したまま乗り込んだ。

 武装したまま議会に立ち入るのは重罪にあたるが、もともと評議会をもたないアルペドンの王子はそれも知らない。


「ソフォス王はどこだ?」

「ソフォスはもう王ではない」

「では、誰が国を治める?」

「……今はいない」


 エウロストスは高笑いした。


「国家存亡の折に統治者がいないだと? ちょうどいい。俺が王位に就いてやろう。どうだ?」


 議事堂の席についた評議会議員たちに槍の穂先を向ける。


「さあ、投票しろ!」


 文字通り槍先で奪った王座から、エウロストスは矢継ぎ早に命令を下した。


 無理やり動員した兵の数は父王アレイオの倍いるし、食糧の備蓄の少ないマッサリア王国はいずれ兵を引くだろうというのがエウロストスの目算だった。


「ルテシアの軍は正面のアルペドン軍に当たれ。俺たちは裏のマッサリア軍を叩く」


 アルペドン王国には王権を制限するものは無い。


 母国の調子で一方的に命令を出すものだから反感を買ったが、王都の外に敵が控えている今、その命令に逆らえない。


「ソフォスの孫娘を連れて来い!」


 私邸に戻って謹慎していたソフォスのもとからソフィアが連行された。

 純白の毛織りの着物(キトン)に銀色の髪をたらし、青い瞳で新たな王になったエウロストスを冷たく見つめる。


「おお、ソフィア、そなたの夫だ」


 ソフィアはジリジリと後ずさる。


「怖がることはない。この危機を共に乗り越えよう」

「──いや!」


 彼女は身を(ひるがえ)して逃げた。

 エウロストスはあえて追わなかった。

 狭い城中、逃げ続けることはできない。



 その日の夕刻、彼は信じられない報告を受けた。


「エウロストス様! 正面のルテシア兵が全員投降しました……」

「馬鹿な!」


 彼は槍をつかんで王城の塔に登った。

 開け放たれた王都の正門から、アレイオ王以下のアルペドン軍がなだれ込むのが見える。


「馬鹿な、馬鹿な!」


 自分の部下は、裏門にまわしている。

 マッサリア軍の精鋭と戦っている最中だ。


「裏門から千人、王城の守備に来い!」


 間に合わない。


 彼が敗北を意識してへたり込んだ頃。


「あなたたち、逃げなさい」

 

 少女がそう言って松明を手にした。


「ルテシアは滅ぶわ。そう、お祖父様が間違えたの……」


 彼女はつぶやきながら、壁掛けに火を放った。


「ソフィア様! お止めください」

「早く海へ逃げて。私はお父様とお母様が待つあの世に参ります」


 炎の明かりがソフィアの姿を亡霊のように浮かび上がらせる。


「戦いで息子と嫁を失っても、お祖父様は戦いを止めてくれなかった。私を騙したのよ」


 ソフィアが憎んでいるものは、祖父なのか、王位を簒奪した侵入者なのか、戦いそのものなのか……。


「火事だ!」


 声が上がる。

 エウロストスは議事堂に避難して抗戦を続けたが、父王アレイオの手勢に捕縛された。



 炎に包まれた城。

 塔に少女が立っていた。

 銀色の髪は炎を映して真紅に染まっていた。


「姫君! 短慮はなりません。御身の無事は私が保証します!」


 アステラスが炎の中に駆けいる。


 少女は一度振り向き、近付く人影を確認するや、再び暗黒の虚空に目をやった。


「お祖父様……」


 少女は塔から身を投げた。


 わずかに一歩及ばず、少女をつかもうとした手は空をつかむ。


「しまった」


 アステラスは地団駄を踏んだ。


 アレイオとアステラス二人が王都を占拠している間に、裏門を攻めていた黒将メラニコスは軍を引いた。

 

 彼の真の目的は王都ではなく、ルテシアの港湾と近接する巨大な穀物倉庫にあったが、アルペドン王国側はすぐにはそれに気付かなかった。



 ルテシア王国は国としては生き残った。

 評議会は、新たにアステラス王子を無期限の王として選任し、直後に王子殺しの罪で全員首をはねられた。

 アステラスは、アルペドン国王への即位を待たずして、森豊かなルテシアを治める一国の王となった。いずれは港と穀物倉庫も取り戻そうという野心を胸に秘めて。


 ルテシアの民には、被支配国の民として辛酸を()める運命が待ち受けていた。


 ソフォスの首にはキュロス王子殺しの主犯として懸賞金がかけられた。





 戦いが終わって数カ月後……ルテシアの森の奥の小屋に人が住んでいるという噂が流れた。

 老人とかいがいしくその面倒を見る少女と……。


 パンを買いに村の市に出た少女に気前よく売ってやりながら、店のおかみさんは気付いた。

 少女の手に火傷の痕。


「あのお姉ちゃんの銀色の髪、きれいだね!」


 無邪気な少年の口をふさいで黙らせる。


「ソフィア様……お祖父様を見捨てられなかったのですね」


 その後、どこかへ移ったのか、数年のうちに姿を見せなくなったと言う。



おっと、更新を逃すところでした。

間に合って良かった……。


ルテシア王国の事実上の滅亡、いかがでしたでしょうか?


次回はマッサリア王宮「家出」したルルディが抜き差しならぬ窮地に陥ります。


お楽しみに!

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― 新着の感想 ―
[良い点] ソフォス王はともかく、ソフィアさんはちゃんと落ちのびてもう国とか政治とか関係なく静かに暮らしていけるといいなと思いました(;´・ω・)
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