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第三章 53.ルテシア王国の危機

 アルペドン王国の第一王子、エウロストスのもとを訪れた使者は、ルテシア王国の者と名乗った。


「残念ながら弟君と不仲になられたのは、知っております。公道での騒ぎでしたのでね。どうでしょう、我々と組んでマッサリア王国とそれに味方するものを打ち倒すというのは」

「ルテシアは中立ではなかったのか?」


 エウロストスは疑り深く使者に尋ねた。


「ソフォス王の真意は違っております」

「どういうことだ」

「中立は評議会の意思。王はこの戦乱を鎮め、この地に統一された平和をもたらすことを願っております」


 エウロストスはなおも疑う。


「なぜ、私なのだ?」

「先の戦いでのご活躍を拝見して」

「あの負け戦か?」

「それまでに、いくつもの勝利を重ねておられます」


 使者の言葉は耳に心地よかった。


「父君と弟君に、真の支配者は誰か教えてあげる時です」

「それで、ルテシアが得るものは何だ?」

「何も。そもそもソフォス王は任期が切れます」

「最後に残るのは俺ということか。悪い話ではないな。何か(あかし)となるものはあるか?」


 使者は深く息を吸い込んだ。


「ソフォス王は孫娘のソフィア様を差し上げると」


 ソフィア──銀色の髪の少女。

 ミタール公国のルルディがマッサリア王に嫁いで以来、この地方で最も美しいと言われている少女。

 


「ソフィアをか」


 思わず頬がゆるむ。


 ソフィアは、祖父であるソフォス王の任期中に彼の華となり、森と海に生きるルテシア王国の民の敬愛を一身に受けている。

 彼女を得ればルテシア人たちに認められた存在となりうる。


「わかった。次の夏には決戦を仕掛けよう」

「立ち返り、ソフォス王にそう伝えます」


 エウロストス王子は、次の夏の農閑期まで動きは無いと見ていた。

 常識的にそれは正しい。

 麦が育ち、農民を兼ねる兵士たちが戦いを(いと)う冬。


 アルペドン王国でも、ルテシア王国でも、マッサリア王国でも、それは同じはずだった。


 しかし、アレイオ王にとっては、その常識が攻撃の好機となった。


 アルペドン王国の北方はガラリア山脈につながる高原になっており、冬は厳しいかわりに夏の強い乾燥が無く、麦は春に蒔き秋に収穫する。


 つまりこの地域のアルペドン人にとっては普通と逆で、冬が農閑期なのだ。


 アレイオ王はそれを利用して、この地の民に総動員をかけた。

 もちろん第三王子キュロスを殺害したルテシア王国に報復するためだ。


 騎兵百、重装歩兵二千の軍をかき集めるのに、彼はなんとか成功した。


「数は少ないが、ルテシアの兵は近年の中立主義で弱体化している。王都を急襲すれば勝ち目はある」


 王自らが軍を率いた。

 鹿毛の馬にまたがり、紫の上掛けに青銅の鎧。

 腰には王家伝統の宝剣を吊るし、従卒が長柄の槍と小振りな盾を持つ。


 第二王子アステラスは、白くなった芦毛馬に乗り、王に付き従う。


 その後から騎兵、大きな盾と長い槍を持った重装歩兵が続く。


 冬場に軍隊が通るのが珍しく、街道沿いの人々は手を振って見送った。




 アレイオは宣戦布告無しに武装して国境を越え、ルテシア王国領に侵入した。


 意図的に麦畑を踏み荒らし、ルテシア側を挑発しながら進む。通り道にあたった農村はことごとく略奪された。


 低い石壁で囲まれた王都に迫る頃、斥候が別の軍を発見した。


「ルテシアの軍か?」


王の問いに、


「いいえ、マッサリアの兵です。赤に金の鷲の軍旗が見えました」

「マッサリア軍! 誰の手勢か分かるか?」

「黒い鎧を着ていましたので、黒将メラニコスの軍かと……」


 メラニコスの軍は残忍無比にしてマッサリア最強をうたわれている。なんの目的もなくうろうろしているはずがない。


 アレイオ王が一時前進を止め、様子をうかがっていると、向こうから黒ずくめの騎兵が一騎駆けてきた。


「アルペドン王アレイオ殿! 我らはマッサリア王国の者。我らが将軍を傷付けたルテシアに報復せんと侵攻中なり!」


 アレイオは、グッと奥歯を噛み締めた。


「何たる運命の皮肉。長年の敵とともにルテシアを攻めるのか……」


 応える声がうわずった。


「正門は我らに譲れ。こちらは王子の弔い合戦だ」

「承知!」


 騎兵は馬を返すと駆け去って行った。


 アルペドン軍は再び前進を始めた。

 マッサリアがこの時期に兵を出しているとは意外……。


(ルークが言っていた証人とはマッサリアの将軍だったのか)


 ルテシア王国からはまだ本格的な反攻は無い。


 無いまま、王都の正面にアルペドン軍、裏側にマッサリア軍が静かに陣取った。


 



 王都の中では、激しい論戦が起きていた。


 ソフォス王は、もちろん応戦したい。

 準備も整えた。


 それに対して、評議会は中立を守り兵を引くよう両者を説得することを彼に命じた。


 王権の弱いルテシア王国、ソフォスはせっかく招集した兵に攻撃命令を出せなくなった。


(マッサリアの将軍を生き残らせてしまった時点で、この計画は失敗だったのだ……)


 ソフォス王は肺腑(はいふ)を噛まれる気がした。


「急いでアルペドン王国のエウロストス王子に援軍を頼んでくれ」


 子飼いの部下に命令する。


(それにしても、冬襲うとは……)


 二つの国の怒りの激しさに、年老いたソフォスは震えた。


(失敗だった……)


 彼は無駄と分かりつつ、両軍に撤退を依頼する使者を出した。


 今となっては虚しい「ルテシア王国は中立であり攻撃は誓約に反する」という言葉を託して……。


(エウロストス王子が援軍を率いて来てくれれば事態は変わる)


 ソフォスはそう考えて、時間稼ぎに専念することにした。



ソフォス王が余計な策略を巡らせたために窮地に陥るルテシア王国……。

その結末は次回、木曜日夜8時前!


お楽しみに!!

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― 新着の感想 ―
[良い点] エウロストスさんが来たところで、ルテシアはもうダメなんじゃないかなぁ(;´・ω・) アルぺドンとしても、長年の敵国マッサリアと共闘するなんて……運命の悪戯という感じがします。
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