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第三章 52.分裂

 時間は少し逆上る。


 アルペドン王国の第一王子エウロストスは、鬱々と楽しまない日を送っていた。

 原因はレーノス河の砦における敗戦である。

 いわゆるマッサリアの五将と戦ったのは彼にとって初めての経験だった。

 結果は完敗。

 マッサリア憎し……その感情が日々募った。


 父王アレイオは妃とともに死者の国を司るグダル神の神殿でキュロス王子の葬式を行った。

 死者の霊を慰める長い詠唱の間、今にも倒れそうな母を第二王子アステラスが支えていた。


 一度取り戻したと信じただけに、キュロス王子を失った落胆はアルペドン王夫妻には大きかった。


 鬱々とした気持ちは身内にも悪く影響し、エウロストスは弟を疑い始めた。


(跡継ぎは自分だと思っていたが、あいつがのさばってきたのか……)


 無邪気に強いものに憧れていた末っ子のキュロスを失って、兄弟三人の均衡は崩れた。


「これからは、マッサリア王国ではなくルテシアを敵にしようと思う」


 葬儀の後王宮に戻ったアレイオ王は、王の間で力無く語った。

 王妃が出した酒も逆効果だったようだ。


「お言葉ですが、マッサリアこそ我らが宿敵。キュロスが命を落としたのもマッサリア国内、敵に変わりはありません」


 と、エウロストス。


「マッサリア王国はキュロスを殺してはいないと信じる。それに、我が国が和平の絶対条件とした捕虜を殺して何になる?」


 エウロストスは激昂した。


「マッサリアは狡猾だ。開戦の口実に人命を軽視するくらい……」

「それは、マッサリアの智将テトスにあっさり負けた兄君の経験からですか! あの敗戦以外は明らかに我らが押していた」


 アステラスが兄の怒りに油を注ぐ。

 アステラス自身は、マッサリア王国最強の黒将メラニコスと、どちらも譲らぬ鍔迫(つばぜ)り合いを演じて停戦に至った。自信をつけている様子がありありと分る。


「ふざけるな!」


 エウロストスが手近な酒器を弟に投げつけた。


「あの砦、一度は落としたのだ。援軍が、援軍が奇策を用いて(たばか)ったのだ!」


 父王アレイオは二人の口論を黙って聞いていた。

 可愛がっていた末っ子の死に打ちのめされて、仲裁する気力さえ失っていた。


「言葉では決着がつかぬ!」


 エウロストスは荒々しく王の間を立ち去った。


「馬を引け! 南部の我が城に帰る!」

「我が子よ! 怒りに任せた行動はなりませぬ」


 諌める母の声も耳に入らない。


 およそ百人の直属の部下が、慌てて旅支度を整える。

 その間もずっと、エウロストスは歯ぎしりしていた。


「父上、母上、そして愚かな弟よ、さらば!」


 熱い怒りの塊のようなものを残してエウロストスが去ると、アステラスが父王アレイオにささやいた。


「父上、あのままでは兄は謀反を起こしかねません。問題は小さいうちに処理しましょう」

「待てアステラス、軽率な行動を取るな」


 父王の言葉も耳に入らず、アステラスは百人ほどの部下を率いて兄の後を追った。

 王都の門外で追いつく。


「兄よ! 父上に叛意無きことを証明してから立ち去れ!」

「無礼者! それが兄に対して言う言葉か!」

「王に従わぬ者は兄とて敵!」


 アステラスは馬上から槍を繰り出した。


「やる気か!」


 エウロストスは盾で受け流し、下馬して剣を抜く。

 馬がいなないてグルリと回る。


 双方の部下も戦いの体勢に入った。


 あたりの屋台の店主が慌てて店をたたむ。

 通行人も半ば逃げ出し、遠巻きに見守る。


「弓兵がいるぞ! 気をつけろ!」


 エウロストスの部下数名がキリキリと弓を絞っていた。

 アステラスが槍を投げる。

 矢はあさっての方に飛んでいく。

 見物人から悲鳴が上がった。


 アステラスも下馬して剣を抜いた。

 

「かかれ!」


 いっせいに打ちかかった。

 いきなりの白兵戦である。

 どちらもよく鍛錬された兵士、剣戟は果てしなく続く。

 剣が折れれば短刀を抜いての組み討ち。

 それも失えば殴り合いとなる。


 互角に思われた戦いだが、兄エウロストスのほうが徐々に押していった。


 地面にアステラスを組み伏せて殴打する。


「貴様に何がわかる。長兄として許さん」


 アステラスの目に恐怖が宿った。

 

(兄はまるで狂気に駆られているようだ……)


「わかった。もう、邪魔はしない。城に帰りたければ帰れ」


 エウロストスは、深いため息をついて立ち上がった。


「お前はまだまだ私の敵ではない!」


 捨て台詞を残すと、エウロストスは再び馬上の人となった。

 傷ついた部下を残したまま、南へ去る。


 アステラスがエウロストスを連れ帰るのに失敗したことを聞いて、父であるアレイオは、まず生命が失われなかったことを神々に感謝した。


 そして、深い嘆きに心を委ねた。


「三人も立派な王子がいると安心していたが、一人は殺され、一人は敵となり、残るのは一人だけか……」


 この時以来、決定的な溝がアルペドン王国内に生じ、時を追うごとに深まっていった。

 この戦乱の世、内紛は外部の勢力に付け入る隙を与えてしまう。


 それから程なくして、アルペドン王国南部の城にこもるエウロストスのもとを訪れる使者がいた。


 彼は「内密なご要件で」と語り、エウロストスに思わぬ条件を提示した。



たかが兄弟喧嘩、されど兄弟喧嘩……。

次の王位を狙う二人の不和。

そこに付け込む者は……。


次回、木曜20時前の更新でお目にかかりましょう!

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― 新着の感想 ―
[良い点] アルぺドン王国が不穏でとても心配です。 第三王子のキュロスさんがすごく聡明で民を思ってくれる素敵な人物だったので、余計に兄二人の不仲が辛い><; 内密なご用件で、さらにエウロストスさんが何…
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