第三章 51.そして冬が来て
エウゲネス王は謎の美女フリュネを北の館に連れ去ったが、侍女長をマグヌスのところに置き忘れた。
「──フリュネが全て王に白状したぞ」
マグヌスは、今のうちにと侍女長にカマをかけた。
「これまでの陰謀を、お前のせいにされたくなければ、ここで白状したほうが良い」
「──フリュネが……」
侍女長は唇を噛んだ。
「話せば、私の命を助けてくれますか?」
「私には権限は無い。どうしてもと言うなら王に口添えはしてやろう」
マグヌスは頭をかしげた。
長い黒髪がサラリと揺れる。
「イチジクの籠に毒蛇を仕込んだのはお前か?」
「──評議会議員、スキロス様の命令で……」
「しかもルルディ妃の名を騙って、か」
「それはフリュネの考えです。どうしても王妃を追い落とそうと」
今、フリュネは王の心に、それこそ蛇のように這い入ろうとしている。
「他にルテシアの肩を持つ議員はいないのか?」
「スキロス様とお友達です」
そこまで聞き出したところへ、エウゲネス王から侍女長の身柄を引き渡すようにと言う使者が来た。
「王にはすべてを話すんだな」
マグヌスは連れ去られる侍女長の後ろ姿に声をかけた。
「評議会か。私の手には余る」
評議会といえば、古い家柄の老将ピュトンが隠然たる力を持っている。
先の王妃を追い落とし、少年だったエウゲネスを王として立て、評議会の承認を取り付けたのもピュトンとその一派である。
竜将ドラゴニアの父リュシマコスも評議会の重鎮だが、老将ピュトンに比べればその影響力は劣る。
ピュトンは、マグヌスの来訪に嫌な顔をした。
「ピュトン殿、評議会のスキロス議員といえば、どんな方ですか?」
ピュトンのしかめっ面など気にもしないで、マグヌスが問う。
「先程、王に聞かれたばかりだ。改めてお前に言う必要があるか?」
「私、もしくは、私の大事な侍女を害そうとした疑いがありまして。そのことも王に聞かれましたか?」
「いいや。だがお前のことを面白くないと思っている人間は議員の中にたくさんいる」
しかめっ面がますますひどくなる。
「嫌われているのは承知の上です。私が生きているとルテシアの邪魔になると考えている者がいないかと」
「スキロスは確かにルテシア寄りだな。ルテシアの王女を花嫁候補に押したのもスキロスだ」
マグヌスはうなずいた。
「だが、お前は評議員に手出しはできんぞ、マグヌス」
「そうですね。しかし、王は違う」
「それは──そのとおりだが」
「王が究明してくださるまで、せいぜい殺されないように気をつけますよ。ありがとうございました」
ピュトンは、以前、銀山の騒乱をマグヌスに鎮めてもらったことを思い出した。
「そうだな」
彼にとって精いっぱい好意的な言葉を口にした。
エウゲネス王による一連の陰謀の究明は評議会という壁に阻まれて遅々として進まず、マグヌスはその影にフリュネの存在を意識していた。
王とフリュネが関係を持ったことで傷ついているであろうルルディ妃のことも心配だが、北の館の事ゆえ何もできないでいる。
一方で体調は回復し、西の館の居候、ルーク相手に木剣で手合わせするまでになった。
季節は冬に入ろうとしていた。
灰色の空から、霧のような雨が降ってくる。
雨を受けて、木々の緑が鮮やかな緑を取り戻す。
マグヌスは、「とびきり醜い侍女」テラサと並んで、雨にぬれる中庭を眺めていた。
「テラサ、私の命を救ってくれたお前にどうしても礼がしたい。お前を奴隷身分から解放する。受け入れてくれ」
テラサはしばらく考え込んでいた。
彼女以外は皆、解放され、自身の道を歩み始めている。
以前解放を拒否したときのようにマッサリア軍の非道を責めるのかと思っていたら、意外な答えが返ってきた。
「受け入れます。その代わり、侍女としてここにおいてください。私の気持ちは受け入れられなくても」
思いがけぬ告白にマグヌスはたじろいだ。
「テラサ、すまないが私には愛する人がいる」
「わかっています。王妃様でしょう」
言い当てられて絶句する。
「誰にも話してはいませんから、ご安心を」
道ならぬ恋。
暗い宝物庫のなかで抱擁されたぬくもりをまだ憶えている。
「王妃様のお心を示すような暗い空だな」
「でも、その空から落ちる雨が生命をもたらすのです。殿方がそれに気づいてくださればよいのですが……。フリュネは野心家です。正式に側室に迎えられても満足しないでしょう」
照りつける太陽は低く雲に隠れ、生命に満ち溢れる初冬。
王妃ルルディの心は凍りついたように悲しみに縛られていた。
フリュネは宣言通り王の寵愛を受けている。
「私は、何のためにマッサリアに嫁いだの? お母様、私はどうしたらいいの」
もしかしたら、マグヌスに心を寄せていたことに対する運命の罰なのかと自分を責めてみたりもする。
「マグヌス、あなたと話がしたいわ」
思い立つと、彼女を止めるものは無かった。
「王妃様、いけません」
「どいて。王だけに勝手が許されるなんて不公平だわ」
ルルディは侍女たちを振り切り、マグヌスのいる西の館へ走った。
「王妃様、どうなさいました?」
懐かしい声にルルディは涙があふれた。
「マグヌス、あなたは私に永遠の忠誠を誓うと言ったわね」
「はい」
「助けて。フリュネが王のお心を奪おうとしているの」
「あの時は力及ばず申し訳ございません」
「わかってるわ。あなたが生死の境をさまよっていたのは」
マグヌスは腕を組んで考えた。
「まず、家出しましょう。王妃様、王の目が覚めるまで、いつまででもこちらにいらしてください。それなりの設えをします。気心の知れた侍女も呼んで」
「それから?」
「任せてください。この世の中には、エウゲネス王が頭が上がらない人物がいます。その人物に、マッサリア王国まで足を運んでもらいましょう」
ルルディが涙をぬぐって見ると、マグヌスはいたずらっぽく笑っていた。
「大丈夫。ゆっくりお心を休めてください」
ルルディが、とうとう家出(?)してしまいました。
夫王、どうする? なんですが、ちょっと結論はお預け。
アルペドン王国がきな臭くなってきます。
木曜20時、お楽しみに!




