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第三章 50.金ならくれてやる

 かなり不利ではあるが、停戦が実現したことで、マッサリア王国のエウゲネス王は大いに満足した。


 少し遅れたが兵士たちを畑に戻し、麦の種蒔(たねま)きに間に合わせることができた。


 比較的暖かく雨の多い冬は、この地方では平和の時期である。




 エウゲネスに一通りの報告を終えたルークは、ふと思いついたように聞いてみた。


「エウゲネス様がくれてやっても良いとおっしゃった金貨百万枚、結局使いませんでしたが、どうしやしょう?」

「お前にやろう」

「え?」

「聞こえなかったか?」

「いや、とんでもない、そんな金を貰ったら俺はおかしくなっちまう」

「では一万枚。どうだ」


 冗談ではない。

 王は真剣そのものだ。

 ギラリと目が光る。


「わかりました。ありがたく頂戴します」


 ルークはあわてて深々と礼をした。


(まるっきり、エウゲネスの飼い犬だな……)


 彼が西の館へ引き上げて、マグヌスに愚痴を言っていると、本当に金貨の袋がドサドサと運ばれて来た。


「おい、マグヌス、どうするよ……」

「金貨をもらって困るとは珍しい人ですね」


 マグヌスが穏やかに微笑んだ。


「まずは戦った兵士たちに十分な報酬を。テトスが、一人金貨一枚と言ったそうですが、多い分には構わないでしょう」

「お、おう。それから?」


 テラサが灯火を(とも)しに来た。


「できるならここの宿泊費を」

「ケチくさい。ドンと払ってやるよ」

「それから、馬を買いたい。もともと、以前ルルディ妃の父上から頂いた金から出すつもりでしたが、要らないなら私にください」


 新兵器である(あぶみ)を用いた騎兵隊の再建は、マグヌスの悲願だった。初代の騎兵隊長として、マグヌスの右腕を務めていたカイは無念の死を遂げたが、現在は新しい隊長候補として、若いヨハネスがめきめきと力をつけている。


「馬、か。騎兵隊を作れるほどの馬を買えば確かに金は減ってくれるな」

「持ち金が減って喜ぶとは、本当に奇特な人だ」

「笑え、笑え。お前が生きて笑ってるのを見ると俺は嬉しいよ」


 金貨の袋に手を入れてザクリとひとつかみ。


「城下で遊んで来らあ。王様だの指揮官だのに付き合って、俺は肩が()った。街でお姉ちゃんたちにほぐしてもらってくる」

「気をつけて」

「古女房みたいなことを言うんじゃねえよ」


 マグヌスは笑顔とともに見送った。




 ゲランス鉱山──皆がそう呼ぶようになっていた──からの銀の産出は安定的に続いていた。


 二十五リル銀貨は、溢れ出る泉のようにマッサリア王国の経済を(うるお)した。


 エウゲネス王はそれを使って、ルテシア王国に圧力をかけることを思いついた。


 次の王に、親マッサリアの王を立てる工作を進めるのである。


「先程の戦いでは中立を守っていただいて感謝しております」


 ルテシア王国の評議会議員に使者が飛んだ。

 土産はもちろん二十五リル銀貨の袋。

 ルテシア王国は、王国とは言っても評議会が王を選ぶ強い権限を持っている。


 二十数人いる評議会議員一人ずつを買収しようと言うのだ。当然情報収集も兼ねる。


「どこまでがあの五千人殺しの襲撃に関与しているのかが問題だな。金を受け取るかどうかで、ある程度わかるだろう」

「エウゲネス様、敵にやる金があれば、もっとこちらの軍備を整えてはどうでしょう!」


 ドラゴニアが不平をもらした。


「そういう考えもある。しかし、敵の内情がわからなくてはどこを強化すればよいか分からないだろう?」


 敗戦を重ねたドラゴニアに、エウゲネスは厳しい。


(わたくし)にもう少し準備の時間があれば……」

「準備が整うまで待ってくれる敵などいない。次の夏は決戦になる。常日頃から準備を怠るな」



 

 エウゲネス王は久しぶりに北の館のルルディの元へ足を運んだ。


「長く訪れなかったな」

「仕方ありませんわ。戦争だったのですもの」

 

 ルルディは、甘い酒を運ばせながら言った。


「マグヌスがルテシアの手先を捕らえましたわ。あのフリュネと侍女長ですって」

「聞いてない」


 途端に不機嫌になる。


「また来る」

「あ、お待ちを……」

「ルテシアの手先とあらば国家の大事。後にしてくれ」


 

 エウゲネスは西の館に入った。

 彼がここに入るのは久しぶりだった。

 以前は荒れ果てていたが、ドラゴニアが強引に侍女を手配してから、どことなく小綺麗に片付いている。


 入口付近で半分寝ながら番をしている兵士に、王の来訪を告げ、


「フリュネはどこだ?」


 と、いきなり本題に入った。


 急いで案内が来る。

 

 フリュネと侍女長は、粗末だが清潔な部屋に別々に拘束されていた。

 マグヌスの詰問にも口を割っていない。


 エウゲネス王は、まずフリュネを品定めするようにじっくり眺め、


「フリュネ、お前の知っていることを全て話せ。そうすれば──抱いてやる」


 フリュネは飛び上がって手をもみ合わせた。


「お願いです。話します。何もかも」


 エウゲネスは質素な寝台の上にフリュネを押し倒した。


「どこの生まれだ?」

「……グーダート神国」


 フリュネは早くもあえぎながら答えた。


「自由民か?」

「自由民の家に生まれましたが、貧しかったので売られました」

「そうか。苦労したな。侍女長と、他に組んでいる者は?」


「もう一人、評議員のスキロスがよく侍女長と話し込んでいましたわ」


 口付け──長く、とろけるように──。


「他に知っている者は無いのか」

「──私は、知りません、あっ……」

「話せ」


 ことが済むと、エウゲネス王は、脱力しているフリュネを抱き上げ、遠巻きにして息を飲んでいた連中に声をかけた。


「フリュネは北の館ヘもらっていく。マグヌスに伝えろ。不満があるなら来い。そもそもなぜ私に報告しなかった?」


 翌朝、知らせを聞いたマグヌスは王の元へ急いだ。


「私が調べようとして報告が遅れました。申し訳ありません。エウゲネス様、密偵と知れた女を側に置くのは危険過ぎます。それに、ルルディ妃のお気持ちをお考えください」


 上機嫌だった王の表情が曇る。


「ルルディは王妃だ。その立場を危うくするようなことはしない」

「──しかし」

「これ以上の口出しは無用。勝手は許さん」


 ルルディの心中はいかばかりか……マグヌスは自分の無力を呪った。



エウゲネス王とフリュネの行為をどこまでR15で書いていいのか迷いました。魔性の女っぽくしたければもっと書いたほうが良かったかも……。


皆様のご意見を聞きたいですね。


次回もお楽しみに!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 口を割らせるためとはいえ、エウゲネスさんとフリュネとのことをルルディさんが知ったらショックだろうし、辛いと思うなぁ……元々不安に思ってたくらいだし(;´・ω・)
[良い点] ああ……うん。エウゲネス、そう来ましたか。いや、為政者としての優先順位とか、解らないでもないのですが、ちょっとスリッパの裏で頭(←王様)をはたきたくなった九藤をお許しください。R15の範囲…
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