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第三章 49.交渉の切り札

マッサリア王国の使者としてアルペドン王国におもむいたルークは、一つの包みを持っていた。それは……。

 マッサリア王国からの使者として、ルークは大きな包みを持ってアルペドン王アレイオの前に進み出た。

 アレイオは苦虫を噛み潰したような顔で相対した。


「裏切り者め。マッサリアのイヌに成り下がったか」

「俺は面白い事が好きでね。今回はマッサリア王国に付いたほうが面白そうだったからそうしたまでのことさ」


 そっと包みを床に置きながら、ルークは平然と答えた。


「簡単に言いやしょう。マッサリアは停戦を望んでいる」

「停戦? 先日、砦を落としたばかりではないか」

「どうせ停戦を申し込むなら、ちょっとでも有利な方が良いって、マッサリア王エウゲネスのケチな計算でさ」


 意味ありげに包みをなでる。


「俺は政治には興味がないから、たぶんそちらが一番欲しい物を持ってきた。いや、物と言っちゃ失礼だな」

「さっきから……それはなんだ?」


 ルークは厳粛な面持ちで回答した。


「これは……キュロス王子の遺骨でさ」

「なんだと?」

「五千人全員を荼毘だびに付すことはできなかったが、せめて王子だけでも故郷に帰してやりたくてね。俺の一存さ」


 アレイオは、ふらふらと王座を降り、包みに近付いた。

「キュロス……」


 包みを解く。

 中からは質素な骨壷が現れた。


「キュロス王子は正面から胸を射抜かれていた。これをやったのは誰か、俺の親友が証言できますぜ」


 ルークは畳み掛ける。


「マッサリア以外にどこだと言うんだ」

「ルテシア王国でさ」

「ルテシア! ソフォス王なのか?」


 ルークはうなずいた。


「中立を守るといえば聞こえはいいが、奴さん、俺たちの共倒れを狙ってるとしか思えねぇ」

「む……」

「このまま戦が続いて秋の種まきに間に合わなければ、飢饉が起きる。アルペドン王国は十分に穀物の備蓄があるかもしれないが、マッサリアには無い」


 ルークは、あえてマッサリア王国の弱点をさらした。


「南征なんて馬鹿をやってなきゃ大丈夫だったかもしれないけどな」

 

 これは南征に反対して挙兵したアルペドン王アレイオへの配慮。


「兵を引いてくれれば、もちろん、あんたらに不利な先の和議の条件は白紙だ」

「白紙か……。我らの同胞五千人の命の償いはどうしてくれる」

「だから、それはルテシア王国に言いなせえ。マッサリアは丁寧に埋葬して、死者を悼む碑を建てた。それ以上のことはできねぇ」


 ルークは言い捨てて背を向けた。


「どうせ、結論が出るには時間がかかるだろう。俺はまた明日来る」


 


 アルペドン王アレイオは、重臣たちを集めた。

 逃げ帰った第一王子も加わった。


「誰のものかわからない骨にほだされて、積年の恨みを忘れてなるものか!」


 第一王子の言。

 自身の計略に溺れ、マッサリアの智将テトスに追われて敗走したばかり。

 敵意はもっともである。


「どちらの国も、同盟国はすでに離脱した。我々だけで戦って共倒れになってよいのか?」


 慎重な文官が意見した。


「勝てばマッサリア王国の備蓄食料を奪える!」

「それが無いと先ほど言われたばかりではございませんか」


 重臣たちに議論させておいて、王はその場を離れた。


 遺骨を後宮に運ぶためである。


「キュロスのものだと言われたが、骨になっていては母たるお前にも判別はつくまい」


 王妃がアレイオに答えた。


「いいえ、この骨がキュロスの物かどうか知る方法はあります」


 王妃は大きな白い布を持ってこさせた。

 床に広げ、骨壺の中の骨片をひとつづつ並べる。


「あの子は私が与えた青銅ブロンズの腕輪をしていましたわ。金銀ならともかく、あれを奪う人非人はいないはず……」


 人一人分の骨が並ぶ。

 腕の骨と思しきものに、確かに金属の輪が付いていた。


 王妃はそれを取り上げ、細工をしげしげと眺めてから号泣した。


「この子はキュロスに間違いありません!」


 アレイオは、骨となった我が子と対面してむせび泣く妻の背中を、おろおろとさすった。


「キュロス、本当だったか……」

「ルークでしたか、彼は真実を語っています。マッサリア王国は礼を尽くしてくれました!」


 王妃は涙ながらにきっぱりと言った。



 遺骨が第三王子キュロスのものとわかって、重臣たちの会議は再び紛糾した。

 第一王子はそれでもマッサリアとの決戦を主張した。


 しかし、秋の農作業は重要である。

 夏に雨が多い北部は別として南部は冬小麦中心の農作業になる。

 南部が不作になればやはりルテシア王国経由の輸入穀物に頼るしかない。

 ルテシア王国の「中立」が怪しくなってきた今、どうして生命線を握られて黙っていられようか。


 一時停戦……それで一応の結論を見た。


 翌日城を訪れたルークに、アレイオ王は吐き捨てた。


「先の和議を白紙に戻すことを条件に、いったん兵を引いてやる。あくまで一時的なものだ。宣戦布告は生きているからな」

「それで十分。畑に帰りたがっている兵士たちも満足することだろう」

「五日後の日没をもってアルペドン王国は兵を引く。そちらも同様に」

「確かに」


 ルークは無事大役を果たした。


 王宮を出て、馬上でうーんと伸びをする。


「やれやれ。王族だの体面だの、もう願い下げだね。指揮官もこりごりだ。マッサリアに帰ったら真っ先にマグヌスに言おう。俺は一人が似合っている」


 親友がどの程度回復したかを楽しみに、彼は馬を走らせた。


 と、同時に、ルークは胸算用した。


(払ってもいいと言っていた金貨百万枚、払わずに済んだが、さて、誰のものになるのだろう?)



ルークがキュロス王子の遺骨と共にアルペドン王に伝えたルテシア王国の陰謀……。信じるか、信じないか、それを巡って大きな動きがあります(次回ではないんですけど)。


次回も木曜夜8時前後に更新します。

お楽しみに!



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― 新着の感想 ―
[良い点] ルークさんの交渉がめちゃくちゃ上手くいって、思わず笑てしまいました!ルークさんお疲れ様です(*'ω'*) キュロス王子の遺骨を故郷に返してあげたいという気持ちを、信じて欲しい。 アッサリア…
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