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第三章 48.砦の攻防

「レーノス河の砦はまだ持ちこたえているんだな」


 テトスは偵察に出た兵に確認した。

 砦は側面を河と湿地に守られた天然の要塞。

 陸地側はぐるりと敵兵に囲まれている。


「マッサリアの旗が見えました」

「そうか……敵の様子はどうだ?」

「積極的に攻めてはいません」


 あとひと押しで砦は落ちるが攻めていないということは、援軍を察知しての対応だろうかとテトスは考える。


「敵の第一王子エウロストスは戦巧者。気をつけねば」


 砦を包囲する敵はおよそ七千人。

 一方、テトス自身の部下が六千。うち騎兵が千騎。

 ルークの集めた新参兵が約五百、騎兵隊は再建できずに全員が歩兵である。

 数の上で勢力はほぼ均等だ。


「お前たち、河沿いに静かに進み、砦に入れ」


 戰場で新参兵たちを引っ張ってきた指揮官ルークを失い、不安げな顔をしている新参の歩兵に命じる。

 作戦の隊長として軍の中で人望の厚いヨハネスを任命した。

 ヨハネスはまだ若く、戦場の経験は少ない。それにも関わらず隊長に選ばれるあたり、頭一つ抜き出た才覚を秘めていた。


「我々主力は、エウロストスに正面から当たる」


「正面から?」

「そうだ。砦を囲んで展開している敵軍は本陣が薄くなっているはず。そこを突く」


 新参兵は夜明けを待たずに出発した。

 

「静かに……河沿いに進め……」


 ヨハネスは、テトスの言葉を繰り返した。

 背の高い葦が姿を隠してくれる。

 足元はぬかるみだ。

 

 砦では仲間が救援を待っている新参兵たちは信じていた。


「歩哨がいる!」

「任せろ……」


 歩哨の槍が下を向いている。緊張してないあかしだ。

 ヨハネスは背後に回り、歩哨の口をふさぐと体重をかけて地面に押し倒した。

 たちまちに槍は奪われ、持ち主の首に突き刺さる。


 砦まであと百歩というところで、ヨハネスは声を上げた。


「マッサリアの仲間! 援軍が来たぞ!」

「砦に入れてくれ!」


 砦のかがり火に改めて火が入った。

 門が大きく開かれる。


 ──そして、中から兵士があふれ出て、ヨハネスたちを迎え撃とうとした。

 砦の高い位置から矢も降ってくる。


「俺たちは仲間だ! 間違えるな!」

「待て、ヨハネス、あれは敵兵だ!」


 夜目の効く仲間が警告した。


「そんなのありか⁉️」

「ヨハネス、剣を抜け!」


 砦はすでに落ちていた。

 マッサリアの援軍を引き寄せる餌として、軍旗を掲げていたに過ぎない。


「うおおぉ! 卑怯者めら」


 敵中に取り残されることになった訓練もろくに受けていない兵士五百。

 ただ、幸いなことに、彼らの中にはマグヌスが手塩にかけて鍛え上げた兵が数十名混じっていた。


「ヨハネス、いったん引け」

「何でだ、敵に背を向けるのか?」

「マグヌス将軍ならそうする」

「後ろも敵じゃないか」

「いや、道はある」

 

 古参兵はニッと笑った。




 砦から打って出た敵兵は驚いた。

 確かに名乗りを上げたはずのマッサリアの援軍が煙のように消えてしまったのだから。


 知らせは第一王子にも届いた。


「何をしている! 探せ!」


 ここで彼は読み違いをしていた。


(砦に仲間が生き残っていれば全力で助けるだろう……)


 わずか五百の兵を、マッサリア軍の主力と勘違いしたのだ。


 松明たいまつ一つに兵五人の組をつくって探し回る。


 松明が右へ左へと動く。

 その、最も密集している箇所へ、テトスは全軍突撃を命じた。


 白々と明けようとする空の下。

 騎兵隊を先頭に、朝霧を切り裂いて整然と隊列を組んだマッサリア兵が襲い掛かる。

 第一王子エウロストス指揮下の軍団は、隊列を組む暇もなく蹴散らされた。



 一方、砦の正面には捜索隊をやり過ごした新参兵たちが続々と集結していた。

 皆が河の水を滴らせ、泥に汚れながら。

 彼らは、レーノス河の中に身を潜めていたのである。


 流されないように腕を組み、浅瀬を足先で探って、首まで水に浸かって捜索の目を逃れたのだ。


「行くぞ!」


 不用心に開け放たれたままの砦の門に殺到する。

 砦に残っていたのは本来の守備兵の数と同じ三百人のみ。


 新参兵に幸いしたのは、最初から乱戦になったことである。

 もし、彼らが正規部隊の一員として隊列を組んで戦おうとしたら、もろく崩れていただろう。


 一対一なら腕に覚えのある連中である。

 槍を、剣を振るって、じわじわと砦の敵兵を排除していった。




「取り逃がしたか!」

 

 テトスは歯噛みして悔しがった。

 王子は軍団が崩れると見るや部下を捨てて逃亡していた。


 エウゲネス王から捕縛の指示は出ていなかったが、もし捕らえることができれば、大きな交渉材料になる。

 いや、交渉材料にされぬよう、とっとと逃げた王子が賢明だったとも言える。


「砦へ向かうぞ!」


 本来の目的である砦の確保にテトスは動いた。

 まさか、捨てるつもりで投入した新参兵が砦を奪取したとは思わずに……。


 テトスは歓声で迎えられた。


「砦は落ちてました。俺たちが取り返したんですぜ」


 ヨハネスが皆を代表して言った。


「これはいくらくらいになるんで?」


(マグヌス、お前の部下らしい。お前がいなくても、立派に働いてくれた)


「そうだな、一人につき銀貨四枚を出そう」

「銀貨四枚! 金貨一枚と同じだ!」


 歓声が上がる。

 興奮冷めやらぬ兵たちだが、秋風に吹かれてカタカタ震え出した。


「焚火をしろ。お前たち、ずぶ濡れじゃないか」

「母なるレーノスの水が俺たちを守ってくれたんだ!」


 彼らは震えながら勝利の味を噛み締めた。

 

 

 砦の守備──正確には奪取──に成功したという報告は翌日にはマッサリア王エウゲネスに届いた。


 王は折り返し、テトスにピュトンとドラゴニアの連合軍の応援に回るように指示を出した。


「よし。あとはルークの交渉次第だ」




 ルークはマッサリアの王宮で回復に専念しているマグヌスの元へ、連絡をよこした。


 ある「物」を使者に託せという伝言で、


「ここまで交渉に利用するのか」


 言われた「物」を丁寧に包みながら、マグヌスは瞑目した。



マッサリア王国の智将テトスは、実は正攻法で戦うのがほとんどなのです。王道が一番ってちょっと耳が痛いですが……。


次回もお楽しみに!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 戦場の場面で残酷な描写はかなり控えめにされていて、かわりに戦術面での面白さや陣形など、そういった部分にフォーカスをあてて描いてらして、こういう作品もすごく読んでいて興味深いし、面白く感じて…
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