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第三章 46.先の先

第四章に入ります。

戦況は混沌とし、マッサリア王は最悪の事態を免れるために停戦を模索し始めます……。

 マッサリア王国はアルペドン王国と形ばかりではあっても和議を結んでいた。だが、和議は、アルペドンの王子を含む捕虜五千人の帰国が、途上何者かによって虐殺されてかなわなくなったことにより一気に崩れた。両者はたちまち戦争状態となった。


 この虐殺から唯一人、重症を負いながらも生き延びたマグヌスが、杖を頼りに歩けるようになるまでゆうに一月はかかった。


 マグヌスの回復は、侍女テラサの処置が最善であったことを示している。


 アルペドン王国との戦況は悪化していた。

 第三王子と帰ってくるはずだった同胞たちを失ったアルペドンは怒りに燃え、マッサリア国境に押し寄せた。その勢いは凄まじく、戦闘は散発的に国内で発生している。


 農繁期の秋を迎えて、両勢力の同盟国は戦いから離脱していったが、優勢なアルペドン王国は兵を引く気配がない。

 智将テトスと熊殺しのルーク、二人の親友からの知らせで戦況の悪さは分かっていたが、マグヌスはとても戦場に立てる身ではない。


 彼は考えていた。


 あの時、自分はルテシア側に背を向けていた。

 

 キュロス王子の胸を射抜いた矢と、自分の背中に刺さった矢は同じ方向から飛んできた。

 矢が飛来したのが一波であったことと、見えない距離で鎖帷子をやすやすと射抜いた威力から、おそらく(いしゆみ)であろうと判断した。


 五千人を一気に射殺する弩兵を展開するには相当な準備がいる。他国の地に潜入してできるものでは無い。


 そう、最も簡単な答えが最も正しい。


 矢は、ルテシアからルテシア兵によって放たれていたのだ。


 アルペドンとマッサリアが戦い、共倒れになれば、ルテシア王国にも覇権の可能性が生まれる。


 マグヌスは杖に身を預けてゆっくりと歩きながら、久しぶりに西の館の外に出た。自分の仮説を検証するために。


「侍女長の経歴を見せてくれ」


 平時ならドラゴニアがいるはずの部屋で、マグヌスは書類を管理している奴隷に頼んだ。


「こちらになります」


 出された巻物には、北の館に紛れ込んだ謎の美女フリュネの上司にあたる侍女長の素顔が書かれていた。


「やはり……」


 侍女長の出身はルテシアだった。

 そして二十年以上働きながら、いまだに奴隷から解放されていないことも知った。


「マッサリアを恨んでいても不思議はないな」


 しかし、侍女長一人の判断でこれだけの大事を引き起こせるだろうか。

 情報を流していたのが彼女だとしてもまだ何かある。

 それを探り当てなければ意味がない。


(危険だが、ルテシアとの繋がりに確証を得られるまで侍女長の動きを監視するか)


 秋の日差しを避けて木陰に寄りながら、マグヌスは考え続けた。


(確か、エウゲネス王が断った見合いの相手もルテシアの王女……)


 これがルテシア王国の不興を買うことになったのだろうか。


 はっきりしているのは、密偵を通して送り続けた「マッサリアはアルペドンとの戦いを望んでいない」というメッセージは、両者の戦いを望むルテシアには好ましくないものだったこと。


「両国の戦争を引き起こすために、ルテシア王国はあの犠牲者を出したのか」


 キュロス王子の面影が心をよぎる。


「守ってやれなかった……」


 深い後悔の念。


(ルルディ妃との約束を優先して、フリュネを追っていたらこの惨劇は防げたかもしれない)


 考えてもせんないことである。

 

 とにかく、一人前に動ける身体を取り戻さねばならない。

 子供の頃、南の国で学んだように、まずは歩くことである。

 彼はゆっくり歩きながら、戦況の先を読もうとした。



 マグヌスから、虐殺の首謀者はルテシアと推定できるという知らせを受けた戦場のエウゲネス王は愕然とした。

 キュロス王子のことも捕虜たちのことも北の館で話してしまった。

 それがフリュネから侍女長を通じて、まさかルテシア王国に渡り、あの襲撃事件につながっていたとは。


(ルテシアが裏で糸を引いているとしたら、戦い方を変えねばならない)


 このまま戦いが続き、秋の農繁期に間に合わなければ、間違いなく飢饉が起きる。そうなれば頼りはわずかな備蓄と南国から輸入される穀物だ。


 輸入穀物は良港を持つルテシアが握っている。


「ルテシアに生殺の権を握られる前に停戦しなければ」


 エウゲネス王はテトスに尋ねた。


「今、我々が一番苦戦しているのはどこだ?」

「レーノス河の分岐点、ここの砦がアルペドンの第一王子エウロストスに攻められ、陥落間近かと」

「よし、そこに兵力を集中させて奪い返せ。テトス、お前に任せた」


 テトスが去って行く。


 続いてルークを呼び寄せた。


「マグヌスが戦ってはいけないと言った意味がやっと分かった。そこで名の知れたお前に使者になってもらう」

「アルペドン王アレイオなら知ってますぜ」

「停戦を申し込む。条件は、そうだな、和議の条件だった金貨百万枚をこちらから払って良い。絶対に成立させて来い」

「やってみますが、俺はこんな駆け引きは素人ですぜ」


 エウゲネス王は歪んだ笑い顔を見せた。


「諸国を巡り歩いて生き抜いて来たお前の勘にかける」

「向こうさんも兵士が畑に戻りたがっているのは一緒でさあ。なんとかまとめてみましょう」


 ルークは疲れた身体に鞭打つように出発した。


「部下の面倒をみるなんてのは俺には合わんね。マグヌスの野郎はよくやってるよ」


 エウゲネス王は、ルークに置き去りにされた烏合の衆まで、レーノス河の援軍に送り込んだ。


 そこで誰にも気付かれぬようため息……。


「マグヌス、よく生き延びてくれた」




 マグヌスは西の館から抜け出した事がバレて、テラサにお説教をくらっていた。


「あなたはあの虐殺のたった一人の生き証人です。身の安全をお考えください。勝手に一人で出歩くなんて……。どんな思いで私がお守りしたとお考えです?」

「すまない。だが、どうしても確かめたい事があって……」

「ご自身の命より大切なことですか?」


 マグヌスは一瞬言葉に詰まった。

 しかし、


「大切なこと、なんだ」


 はっきりと言い切る。


「──では、仕方ないですね。わかりましたから、横になって休んでください」


 テラサが来てから、いつもきちんと整えられている寝台……。

 

 今回のことがあって、マグヌスは全面的にテラサの世話を受け入れるようになった。


 長い髪も手入れされ、衣類も新たに織られたものを着ている。


「いろいろ済まない、テラサ」

「謝るくらいなら外出は止めてください」


 テラサの思い違いを訂正する元気もなく、マグヌスは寝台に身を横たえた。



戦記物と言いながら戦闘シーン少ないですね、ごめんなさい!


次回更新は来週の木曜日17日の20時前後となります。

よろしくお願い申し上げます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ルテシアの陰謀と言われれば確かに納得! 以前にアルぺドンにいたルークさんがどこまでアレイオさんを説得(交渉?)できるのか……ルークさん、頑張りどころですよ!٩(* ゜Д゜)و
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