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第二章 43.待ち伏せ

 マッサリア五将の筆頭、智将テトスは文字通り奔走していた。


 まず、アルペドンとの間にあるルテシア王国は、中立を保つことで了解した。領内の通行権も認めてくれたのでまずまずの成果だろう。


 ルテシア王国傘下の五共和国も同様な条件で折り合いがついた。


 神託によって決めると言って態度を鮮明にしないグーダート神国、ここはもうアルペドン側と諦めた。


 インリウム国は、アルペドンと親戚関係にありながら協力を約束してくれた。


 二十あまりの同盟国で改めて同盟を誓ってくれたのは十二ヶ国、アルペドン王国の工作が思った以上に行き渡っている。


「だが、実戦となれば……」


 いざとなれば兵を出さない国もある。

 テトスは勝算ありと見た。


 二十五リル銀貨の評判も案外に良い。


 テトスの報告を受け、エウゲネス王は改めてアルペドン王国との決戦を決意した。


「戦う前に捕虜を返すのもおかしな話だがな」

「王様、誓約をお守りください。それに、マグヌスがキュロス王子を見つけたとか」

「思わぬ拾い物よ」


 記憶を探りながらテトスは忠告した。


「王子の扱いは慎重に。インリウムで聞いた話ですと、アルペドン王室はキュロス王子の帰還で舞い上がっていると」

「留意しよう」



 その晩、エウゲネス王は久しぶりに北の館を訪れた。

 テトスの報告を受けて少し気持ちに余裕が出たようだ。


 話題は銀山の騒動になった。


「えぇ! まだ少年なのに捕虜の帰国を実現させたのですか」


 ルルディが驚く。


「捕虜は無事に帰してやる。本当の意味で和議が成り立つと良いな」

「私も戦争は嫌です」

「そうだろう。ところであの侍女はどうなった?」


 ルルディは晴れやかな笑顔を見せた。


「ドラゴニアが叱りつけてから、少し大人しくなりましたわ」

「そうか、ドラゴニアなら北の館に自由に入れるしな。私からも竜将をねぎらっておこう」


 あとは睦言……。

 今のところ、フリュネの入り込む隙間はない。

 戦いをいとう気分を出しておけば間諜に聞かれても構わない……エウゲネスはそう思っていた。



 夏もややその厳しさをやわらげたころ……アルペドンの捕虜たちは正式に帰国が決まった。


 特別に支給された一リル銅貨で彼らはささやかに食品や旅の道具を買った。土産を買った者もいただろう。


 テトスは捕虜たちに付き添うマグヌスを捕まえて、旅先での話をした。

 残念ながら、マッサリアに密偵を入れて得をする国は見つからなかったと。


「ドラゴニアが動いてくれて、ルルディ妃の心労は減ったようですが、どうにも嫌な予感がするんです」

「お前が直接調べられない以上どうしようもなかろう」

「いえ、帰ったら王に許可を取って直接調べてみます」


 テトスはため息をついた。


「ルルディ様のこととなるとお前はタガが外れるからな」

「そんな言い方をしなくても……」


 マグヌスはヒヤリとした。

 気にかけている以上の感情を持っていることはテトスにも知られてはならぬ。



 マグヌスにはもう一つやることがあった。

 ルークが加勢に来たことを王に取り次いでおくことだ。


「熊殺しのルークとはそなたのことか」


 エウゲネス王は値踏みするように彼を見た。


「今は私の片腕として傭兵を集めてくれています」

「資金なら潤沢にある。良い兵士を雇ってくれ」

「かしこまりました」


(この王はアルペドンのアレイオとは、格が違うな)


 ルークは心のなかで思った。

 マグヌスは、


「私が留守中はルークに用を言いつけてください」


 とまで言う。


「留守と言っても数日のことだろう」

「念のためです。心配性をお笑いください」



 そしてやっと捕虜たちの帰国の日。


 エウゲネスが許した日にアルペドンの捕虜たちは徒歩で出発した。


 マグヌスもロバに乗って十人の部下と共に付き添った。

 街道の門で、門番と雑談する。


「五千人の移送ですか。大変ですね。お気をつけて」

「ありがとう。気をつけて行って来るよ」


 付き添いはマッサリアの国内のみ。

 捕虜たちはそこからルテシア王国を通って、自力で帰らねばならない。


「マグヌス殿、お礼申し上げます」


 キュロスが折り目正しく礼をした。


「それは帰国してからにしてくれ」


 マグヌスは硬い表情を崩さなかった。

 キュロスという若い王子を好ましく思うほど、線を引かねばという思いになる。


「それに戦場でまみえればまた敵同士、手加減はしない」

「こちらもです」


 少年ながら指導者の風格をあらわしたキュロス。


 ルテシア王国との国境には三日後の夕刻にたどり着いた。

 行く手の左側に小高い丘があり、ルテシア王国の国境を守る兵が駐屯するとりでがある。

 まだ明るく東の空には丸くきれいな月が上っていた。


「キュロス殿、ここまでです」

「ありがとう、マグヌス将軍」


 その時、どこからともなくビュウと矢が飛んできた。

 最初の一本がキュロスの胸を貫くのをマグヌスは見た。

 大男がキュロスを抱え盾となる。

 彼をも容赦なく矢は襲った。


「おおぅ!」


 マグヌスはヒンハンから飛び降り、地面に伏せた。

 背中が焼けるように痛い。

 自分も矢傷を受けたことを知った。

 ロバのヒンハンは飛んで逃げた。


「伏せろ!」


 マグヌスは叫んだ。


 間に合わなかった捕虜が、ハリネズミのように矢を受けて倒れる。


 マグヌスは弓の位置を探そうとしたが、暗くて判然としない。


「キュロス! 大丈夫か!」


 返事は無い。


 地上に立っている者がいなくなると、矢の嵐は止んだ。

 代わりに、ひたひたと足音が近づいて来た。




何も言うことはありません。

続きを読んでいただけると嬉しいです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] えぇ~~~っ!?キュロス王子を無事に返してあげればアルぺドン王国との関係ももしかしたらいい方向に向かうかもと思っていたのに……ま さ か の !!(; ゜Д゜)
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