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第二章 42.美女の黒幕

 鉱山の騒ぎをよそに、王宮では相変わらず表面上静かな生活が営まれていた。


 ピュトンが苦し紛れに出した捕虜(どれい)たちへの好条件も、キュロスたちアルペドン兵の労働からの解放も、マグヌスが、


「だから今銀の生産が再開できてるのです」


 という一言で王を納得させた。


 キュロス王子はエウゲネス王と面会し、直接、解放の礼を言った。


「アルペドン王アレイオにキュロス王子の無事を知らせてやれ。違約金を払う気になるかも知れん」


 王は使者を走らせた。



 北の館では、ルルディが王の訪れが減ったことを嘆いていた。


 フリュネもそうかといえば、彼女は勝手に竪琴をひかせてみたり、肌や髪の手入れをさせたり、すっかり愛妾気取りである。


「マグヌスが約束してくれたから」


 ルルディは月が欠け、そしてまた満ちていくのを見ながら耐えていた。

 約束の一月は過ぎていた。


 彼女はマグヌスが鉱山の騒ぎに手を取られてしまったことを知らない。

 王もまた「間諜なら戦争を起こす気は無いと偽情報をつかませておけば大丈夫」と、深刻に考えてはいなかった。


 ルルディには貨幣を作るのが忙しいように言っていたが、エウゲネスは軍備を整えるのに忙殺されていたのだ。


 そして、そのきな臭い匂いを嗅ぎつけて、一人の男が王宮を……正確には西の館を訪れた。

 とび色の髪に黒い目、背には長剣。


「ルーク!」


 マグヌスは気まぐれな友との再会に歓喜した。


「最近退屈でな。お前にくっついておけば退屈しないと思って」

「もう少し早ければ、ゲランス鉱山でひと騒ぎあったんですがね」


 鎮圧に一月かかった騒乱を、マグヌスはこともなげに言う。


「お嬢さんから手紙が来たよ。無事に南の国に着いてクリュボスの野郎も人が変わったように剣の修行をしているそうだ」

「それは良かった。ところでルーク、私の侍女テラサです」


 マグヌスはちょうど水指とカップを運んできたテラサを紹介した。


「……その傷、戦争でか?」

「そうです」

「俺のはこいつにやられたんだ」


 ルークは自分の鼻を指差す。


「代わりにアバラをやられましたがね」


 テラサは冷たく言った。


「男が受ける傷と女子どものそれとは違います」


 大の男二人がシュンとなる。


「これは手厳しい」

「すまない、テラサ」


 テラサが置いていった水をカップに注ぎながらマグヌスはルークに頼んだ。


「では、早速ですが、頼み事をしたいんです」

「どんな事だ?」

「人集めです。戦争に行っても良いと言う連中を集めてください。特に馬に乗ってみたいという無法者を」

「ほおう、馬か」

「騎兵隊を再建したいと思いまして。本当なら自分でやりたいんですが、私はちょっと用事があって」


 戦死したカイ隊長ほど優れた人材はいなくても、それなりの能力を持つものは居るはずだ。


 ルークはニヤッと笑った。


「当ててやろう。女にかかわることだな」

「言えません」

「じゃあ当たりだ」


 まさか王妃にかかわることとは言えず……マグヌスは笑ってごまかした。


 ルークという手助けを得たことで、マグヌスはやっとルルディの悩みに対応することができるようになった。


「しつこくてすみません、ドラゴニア」

 

 ドラゴニアは、彼女の武器──二本の剣──の手入れをしていた。


 結わずに伸ばした淡い金髪がふわりと肩にかかり、うつむいた顔の灰色の目が個性的である。

 紅色の着物(キトン)に純白の上掛けを羽織って貴婦人の装い、戦場に立ったときの勇猛さは影を潜めている。


 彼女は評議会の重鎮リュシマコスの娘であり、政治向きの複雑な事情もよく理解してくれる。


「おまえが何度も来るところを見ると込み入った事情があるようだな。話してみろ」


 マグヌスは思い切って言った。


「北の館に不審者が紛れ込んでいます」

「ゲランスの連中ではないだろうな。我が書類に不備は無いはず」

「前に記録をうかがいましたね」

「あの時のか」

「はい」


 ドラゴニアは手を止めた。


「お前は男だ。北の館には特別の許しが無ければ入れん」

「少しお願いできませんか?」

「詳しく話してみろ」


 マグヌスは、フリュネのことを打ち明けた。


「王妃にそんな無礼なことを言う侍女がいたのか!」

「自分の美しさに自信を持っているようですね。それにしても『王の寵愛を受ける女』と名乗るとは」

「嫁がれたばかりの王妃が……」


「かわいそうだ」と言いかけて無礼さに言葉を飲み込む。


(わたくし)が行こう」

「ありがとうございます」



 ドラゴニアは身なりを軍装に改め、王妃ルルディに面会を申し出た。

 マッサリア五将の一人と知って、ルルディはすぐに会った。


「マグヌスから聞いております。王妃様のお心を乱す愚か者が居るとか」

「あなた……マグヌスの代わりに来てくれたの」

「そう思ってくださってかまいません」

「そう……同性の将軍とは心強いわ。私、もう、フリュネの振る舞いには疲れましたわ」


 ドラゴニアはルルディの細い手を取った。


「侍女長は何も言わないのですか」

「彼女も同類よ。どうせ、フリュネは自分が王のお心を得た際には自由の身にしてやるとでも言っているのでしょう」

「フリュネなる女と会わせてくださいませ」

「広間の隣を占領しているわ」

「心得ました」


 ドラゴニアは、二本の剣を腰につるしたまま、ツカツカと良い香りのする部屋に入った。

 むせるような香の煙、絹のしとね……。


「どなたかしら」


 珠を転がすような声がした。


「最近は王の訪れもなく退屈しておりました。どの殿方が何用かしら」

「よく見ろ、愚か者。(わたくし)は女だ」

「ひっ!」


 フリュネは寝椅子の上に半身を起こした。

 ドラゴニアはヒタと抜き身の剣をフリュネの頬に当てる。


「王妃に無礼な態度を取れば、いつ何時でも(わたくし)が自由に北の館に乗り込むぞ」


 フリュネは寝椅子から転げ落ち、震えながらひざまずいた。


「申し訳ございません。お許しください」

「詫びは王妃に言え!」

「──はい」



 フリュネをひざまずかせたまま、ドラゴニアは北の館を後にした。


 すべてを見ていた侍女長が、小さく舌打ちした。







ちょっとここでマッサリア五将の整理を。


・老将ピュトン 王を立て国を強大にした功労者だが性格に難あり。家族を疫病で失った。

・智将テトス 中途採用組だが王の信頼が厚く、マグヌスの親友。

・黒将メラニコス 黒い鎧を愛用するところから。非道だがマッサリア最強の軍を率いる。

・竜将ドラゴニア 唯一の女将軍。両刀使い。チャリオットを使ってみたりの派手好み。

・マグヌス ニックネームなしの若輩。王の異母弟。本作の主人公。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ドラゴニアさんがビシッと言ってはくれたけど、このままフリュネ側が諦めるとも思えない。 ルルディさんの身に危険が及ばないことを祈ります!
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