第二章 41.奴隷の英雄2
マグヌスの呼びかけに返事はすぐ返ってきた。
しかも誰も信じないような返事が……。
「我はアルペドン王アレイオの第三王子、キュロス!」
マグヌスはあわてない。
「証はあるか?」
「この言葉以外には無い!」
「なぜ第三王子ともあろう方が一兵卒のような扱いに甘んじているのか? それを聞きたい」
「兄上たちのように戦場で手柄を立てたかった。だから兵士に身をやつして軍団に紛れ込んだ」
「愚かなことを……」
少し間があって、
「今、身にしみている。僕が望むのはここにいるアルペドン兵を苦役から解放し、故郷に帰してやることだけ」
「愚かなことを……」
「なに!」
「大人しく働いていれば遠からず和議によって帰国できたのです。知らなかったのですか?」
キュロスの声は途絶えた。
動揺しているのだろう。
「しかし、あなた達は監督官を殺し、設備に火をかけた。これは罪に問わねばなりません」
「連中なら生きてるぞ!」
「それは良かった。返してください」
「僕達がここを出られたらだ!」
「少し相談します。お待ちを」
マグヌスとキュロスのやり取りは、ピュトンたちにも聞こえていた。
「王子だと? 信用できるものか」
「最初から名乗っていれば別の待遇が受けられたのに」
ピュトンとメラニコスが口々に言う。
「今名乗ったからにはそう扱うしかないでしょう」
ピュトンが激昂した。
「ここの奴隷に名など無い」
「そういう対応が蜂起を招いたのではありませんか? 奴隷にも名はあります」
マグヌスが毅然と言った。
「偽りを言っていたらどうするのだ! それに……」
メラニコスが、ピュトンの言葉をさえぎった。
「わかった。アルペドンの兵に関しては、反乱の罪を問わず、監督官と引き換えに母国に帰すように王に進言しよう。マグヌス、彼らをまとめてくれ」
「言ってみましょう」
マグヌスは再び鉱山に向かった。
「帰国できるよう王に進言する。監督官を解放してくれ」
「いや、我々全員の解放が決まってからだ」
「考えてみよう。監督官全員とは言わない。まず一人」
坑道の中では話し合いが持たれていた。
「一人解放しましょう」
やや細身の男。
「おまえは、最初に全員解放されてから彼らを解放すると決めたのを忘れたか?」
「いや、キュロス様、今度の交渉相手は柔軟で我々には有利。今のうちにことを進めましょう」
こう言ったのはがっしりした中年男。
「ロバに乗った将軍の噂はアケノの原の戦いで聞いたことがあります。風変りだが信用に足る人物と」
「確かに、いきなり攻めかかったりしなかったな」
返答を待つ間、マグヌスは冷徹に計算していた。
(帰国できるアルペドン兵と帰るべき祖国を失ったゲランス兵は分断できる)
「キュロス王子! 今回の件の罪をできるだけ問わない形で、あなたたちの帰国を実現させましょう」
「ゲランスの捕虜たちもここから解放してくれ」
「それはできません」
一拍おいて、
「だが、待遇の改善なら約束できます」
マグヌスの読み通り坑道の中では分裂が始まった。
「俺たちも自由の身になりたい!」
「待遇を改善すると言ってるではないか。そのうち解放されるのを待てばよい」
「一緒に戦ったのにずるいぞ」
「主に戦ったのは俺たちだ」
アルペドンの捕虜たち五千の間には期待が、ゲランスの捕虜たち約二万の間には静かな絶望感が広がっていった。
「少し待ちましょう」
マグヌスはメラニコスに言った。
「俺の部隊を投入しても手に負えなかった連中を、舌一枚で……」
メラニコスは感心を通り越して呆れた。
「雄弁術というのも剣術と同じ。鍛えておけば役に立ちますよ」
「お前をそこまでにした南の国を俺たちはいつか征服できるんだろうか」
「無理でしょうね。南征に反対して置いていかれた私が言うのもなんですが」
マグヌスは笑った。
その時、キュロスの声が聞こえた。
「監督官ではないが、怪我の酷い職人を解放する!」
言葉通り、火傷を負った職人たちが五人、坑道の入口からよろよろと歩いて出てきた。
「あそこが本拠地か! あそこを攻めれば……」
「たぶん違いますよ。連中も馬鹿ではない」
実力行使をしたがるニ将軍を牽制しながら、マグヌスはロバに乗って進み出ては動揺を誘う言葉をかけた。
「アルペドンの捕虜たち! 投降して来れば帰国がかなうぞ」
数日後。
「アルペドンの兵たちは武器を置いてそちらに行く」
最終的な言葉をキュロスから得た。
「残されたゲランスの兵たちの待遇を改善すること!」
マグヌスはピュトンを見た。
「解決の最後の機会ですよ。あなたの声で返事をしてください」
ピュトンは渋い顔をしている。
「さあ」
うながされて、
「わかった。監督官並の待遇に改善しよう。加えて十年働けば解放する」
鉱山がどよめいた。
「キュロス王子、これでどうですか?」
「承知した。これからそちらに出向く」
「メラニコス、彼らから武器を預かってください」
「お、おう」
「まずは焼かれた製錬所の再建からですかね」
ピュトンは渋を舐めたような顔のままだ。
ゲランスをマグヌスの手から取り上げたが、結局自分の力量は鉱山運営には不足していた。
「マグヌス……礼を言う」
ボソッとつぶやく。
「礼にはおよびません。それより、今回の大盤振る舞いの条件をエウゲネス王に了承していただかなくては」
いつも邪魔者だと思っていたが、反乱を引き起こしたという失点に触れずにおいてくれたマグヌスに、ピュトンはわずかに好感を持った。
彼の初めての譲歩と言ってよい。
「では、私はこれで」
マグヌスは、ロバのヒンハンにまたがり、何事もなかったかのように鉱山をあとにした。
「言葉のチカラ」って物書きならどっかで言ってみたいですね。今回言わせちゃいました。
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