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第二章 39.せめて人として

 アルペドンから急ぎ帰った智将テトスは、エウゲネス王に和議の交渉の結果を報告した。


 捕虜の交換にこだわっていること、同盟の違約金を払うと約束したものの、払うつもりはないこと、アルペドン王国を流れる大河の交通権には興味がないこと……。

 そして遅かれ早かれ、アルペドン王国は和議を破るつもりであること。


「戦いの準備が要ることになったな」

「残念ながら、力及ばず真の和議には至りませんでした」

 アルペドン王の署名がある巻物を取り出すが、守るつもりのない誓約は無意味だ。


「テトス、また旅を頼まれてくれないか?」

「どこへなりと」

「ここに刻印をほどこした二十五リル銀貨がある。これを今後使うように諸国に言って、マッサリアに味方する気があるかどうか見極めて欲しい」


 ズシリと重い革袋。


「もう出来上がったのですか」

「それは見本だ。ピュトンが頑張ってくれてな」

「ピュトン……戦争捕虜(どれい)を使っていましたね」

「そうだ、アケノの原とゲランス攻略で得た敵の兵士はほとんど銀の産出に使っている」


「アルペドンは捕虜の解放には本気だと私は見ました。ピュトンが捕虜をどう扱っているのか、この目で見てから出立したいと思います」

「うむ、任せる」



 テトスは二人の部下を連れ、人の足で三日かかる道のりを馬で一日で到着した。


「おお、テトス殿、こんな田舎に……歓迎いたしますぞ」

「銀の産出は順調とのこと。お祝い申し上げます」


 勧められた干しイチジクを丁重に断る。


「最も進んでいる所では坑道を作りはじめましてな」


 テトスはちょっと息を吸い込んだ。年長で気位も高い相手にどう言えば捕虜の様子を見せてくれるだろうか?


「ピュトン殿、先頃アルペドン王国へ参りました。アルペドン王は信頼できない相手ですが、ただ一つ捕虜のことだけは真剣に考えている」


戦争捕虜(どれい)ですぞ。勝者が自由にして良いはず」

「そこが難しいのです。過酷な鉱山労働で帰れるものがいなくなったでは、有利な条件を一つ失ってしまう」


 ピュトンは腕組みをして考えていた。


「よろしいでしょう。監督官の長に案内させましょう」

「ご高配感謝します」



 まず気になったのは、監督官が武装してないことだった。


「装備はすべて武器庫の中です。この暑さでは耐えられない」

「相手は捕虜とはいえ歴戦の強者もいるのではないか?」

「おとなしいものですよ。これ一本あれば」


 監督官は短いムチを取り出した。


 ビュッ、ビュッと空を切って見せる。


「それに反抗的な者には水を与えません。すぐに詫びて来ます」

「水を与えない? この暑さで」

「抵抗しなければもちろん与えます」

「アルペドンの捕虜はどの程度生きている?」

「ゲランスの捕虜と一緒に働いていますので確かな数字は巻物を見なければわかりませんが、おおよそ三分の一は失われているでしょう」


 テトスは顔をしかめた。


「捕虜は和議の重要な項目の一つ。あまり過酷な扱いはしないように」

「ピュトン様に言ってください。我々は決められた量の鉱石なり銀なりを産出しなければなりません」


 煙をあげている粗末な小屋を指差し、


「あちらの建物が精錬所となります。火を使うのでここよりもっと過酷になります」

「──わかった。最後に捕虜を一人呼んでくれ。ピュトンの部屋で待っている」

「はぁ」


 しばらくして呼ばれて来たのは奴隷たちからキュロスと呼ばれていた少年だった。


「名はなんという?」

「キュロスと申します」

「ここでの生活はどうだ?」

「酷いものです。食事はパンと生タマネギ、ときにチーズが付きます。それ以上に酷いのが水です」

「水の話は聞いた」

「失礼ながらあなたはどなたです?」

「──マッサリア五将のテトスと言うものだ」

「──僕達の軍を打ち負かした将軍か」

「そうとも言える」


 少年はキッと口を結んだ。


「身体は戦争捕虜(どれい)にとられても心は自由だ。負けた以上過酷な扱いは覚悟していたが、人として……せめて人として扱って欲しい。ムチで追い立てられる牛馬じゃないんだ!」


 テトスはこの聡明な少年に、母国が捕虜を取り返そうとしていることを告げたくてたまらなくなった。


「少年よ。短気だけは起こさないことだ。助けの手が来ることもある」

「将軍、一日ここで過ごしてみてください!」

「言わせておけば……口がすぎるぞ」


 ピュトンが口を挟んだ。

 少年は素直に黙った。


 少年が連れ戻されると、テトスはピュトンに苦言を呈した。

 アルペドン王国が気にかけているのは捕虜の帰還だけ。

 それを酷使されて交換の条件がなくなると困る。


「ピュトン殿、王に急かされているのはわかりますが、もう少し捕虜の扱いを良くしてください」

「テトス殿もアケノの原では部下を失っているはず。それを考えるとそうそう手は緩められませんな」


 テトスは自分の部下ではなく、マグヌスの騎兵隊長、カイのことを思い起こしていた。マグヌスが震える手でカイの足に絡んだ(あぶみ)をはずすしぐさ……。


「復讐はいったん忘れて、交渉の損得勘定を考えるのですな。損得勘定勘定もできないのに貨幣を作るのは滑稽でしょう」


 テトスの痛烈な皮肉を浴びてピュトンは黙った。




戦争捕虜どれいの帰国はなるのか……。

そもそも母国を失ったゲランスの捕虜はどうなるのか?


奴隷の問題を軽々しく取り上げているつもりはありません。


お気に障ったらごめんなさい。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 捕虜を奴隷として過酷な労働条件で働かせてしまうのは、ある事なんだろうけれど「せめて人として扱って欲しい」という言葉がズシンと胸に響きました。
[良い点] これでいいと思いますよ、奴隷は。 現代の倫理性に囚われるとブレブレになる。 そういう作品が幾つもありました。
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