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第二章 35.偽りの和議

 拝謁の間でアルペドン王アレイオは重々しく言った。


「おまえと敵として出会うとは思わなかった」


 高い王座の前に立っているのは、マッサリアの智将テトス。

 彼は王への跪礼きれい、すなわちひざまずくことを拒否した。

 アルペドン王国では王を絶対的な存在として崇めている。

 それを否定するとは。


 色めき立つ家臣を、アレイオは指輪をはめた手を上げて制した。


「まあ良い。お前がマッサリアに下る前、何度戦いでお前に助けられたか……」

「昔話をしに来たわけではありません。和議の条件、ご確認ください」

「これか」


 アレイオは、簡単な条件の書かれた巻物をヒラヒラさせた。


「そちらの王は新婚で骨抜きになっていると聞くがな」

「ですから今、このような条件の良い和議を申し込まれているのです」

「同盟への復帰、違約金金貨百万枚、河の通行権……」

「引き換えに捕虜を返します」


 ピクリとアレイオの頬が動いた。


「今、彼らはどうなっている?」

「ゲランスの鉱山にいます」

「ゲランスの鉱山?」


 テトスは一瞬ためらったが、


「最近、銀山が新たに発見されたので、そこで奴隷として働いています」

「我らの精鋭兵が、鉱山労働か!」


 鉱山労働は過酷である。

 今は真夏、大地は熱を含み、太陽は容赦なく照り付ける。

 その中で、地面を掘り、岩を砕き、重いかごを運ぶ。

 その先の工場では、熱く火がたかれ、鉱石が灰の上で熱され、金属が分離される。

 

 力自慢の男たちが力尽き、次々倒れていく。


「時間が経てば、故郷の土を踏める者は減りましょう」

「貴様! 我らの兄弟を!」

「王の判断にかかっております。和議を」


 アレイオはテトスをにらんだ。


「我々はドルジュ将軍の仇もとらねばならぬ」

「ドルジュ将軍を殺害したのは、マッサリアの兵士ではありません。裏切り者の手によって殺害されたのです。最期をみとったのは私ですが」

「なに?」

「王に栄えあれと最期に口にされました。彼の思いがお分かりですか」


 戦いを勝利に導いたのはあぶみを用いたマグヌスの騎兵集団であるが、こちらは機密である。

 

「ドルジュはそんな最期だったのか」

「兵を大事にする立派な将軍でした」

「その兵士たちをマッサリアは鉱山で殺しているのか?」

「お返事次第です」


 ひくひくとアレイオの頬が動く。


「わかった。考えてみよう」

「時間がないことをご承知おきください」


 テトスは軽く会釈して、王の前を下がった。

 彼が、跪礼を拒んだのも、会釈だけで済ませたのも理由がある。

 彼は、マッサリア王エウゲネスから和平に関する全権を委任された王の代理なのだ。

 戦いの前に血祭りにして士気を鼓舞できるただの使者とは重みが違う。



 アレイオは悩んだ。

 精鋭たちの命は大切だ。

 だが、違約金の額が大きい。


「王様、何を悩んでおられます?」

「おお、王妃か……。簡単に言えば戦うか、戦わずに頭を下げるかだ」

「……ひとまず頭を下げなさいませ」

「!」

「いつでも頭は上げられましょう」

「ほほう」

「それにあの子のこと、お忘れではありますまいな」

「もちろんだ」

 

 にっこりと王妃は笑った。


 アレイオは彼女以外に妻を待たぬ。

 二人の間には三男二女をもうけている。

 二人の男子はすでに成人し、長女フレイアはインリウム国に嫁いでいる。次女マルガリタも嫁いでいたが、縁なく帰国している。


「今一度、インリウムに助けを求めましょう。フレイアに言づけてみます」


 長女フレイアの嫁ぎ先であるインリウムは航海術に優れ、潤沢な資金を持っている。


「うむ。今一度な」

「かしこまりました」


 王妃はアレイオに口づけし、後宮に去った。


「テトスを呼べ! 和議を結ぶ」


 アレイオは小姓に怒鳴った。


 

 意外に早かったなとテトスは思った。


「まず、捕虜は一人残さず返すこと。これは必ず」

「生きているものは一人残さず」

「それから、違約金をもう少し何とかできないか?」

「減額ですか?」

「もちろん」

「減額はできません。ただし支払いの延期には応じましょう」

「よし。和議を結ぶぞ!」


 アレイオは大きな声を上げた。


「支払いは一年の猶予をもうけます」

「承知した」

「これで、アルペドン王国は再びマッサリア王国の同盟国です」

「同盟国という名の臣従だがな」

 

 ギラリとアレイオの目が光る。

 テトスは見逃さなかった。


「ご不満ですか」

「マッサリアのやり方に不満を持たぬものがあるものか」

「それは聞き捨てなりませんな」

「言葉の綾だ。不満はあるが、従っているではないか」


(これはダメかもしれぬ)

 

 数知れぬ相手と交渉してきたテトスの直感が何かを告げた。

 しかし、表面上は和議の成立である。

 アレイオは巻物に署名した。


「急ぎ立ち返って、エウゲネス王に報告いたします」

「うむ。王と新しい王妃の健勝を祈る」

「ありがとうございます」


 テトスは巻物を受け取った。

 形だけおしいただいたが、紙それ自体の重みさえないように感じた。


 テトスは一人の従者を連れただけで、マッサリアへの帰り道を急いだ。


「テトス様、和議の交渉はうまくいきましたか?」

 

 何も知らない従者が聞いた。

 テトスは重い息をもらした。

 

「誓約の重みを知らぬものがこの世にはいるのだ」

「は?」

「王には軍備を整えるように急いで進言しなければならない」


 従者もそれで理解した。

 

 この和議は偽りのもの。

 戦いは遠くない。

 


久しぶりの投稿となってしまいました。

間が空いて申し訳ありません。

物語は再び動き出します。

応援、よろしくお願い申し上げます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] これは間違いなく戦いになりますね! 表面上の同盟を結んでも、いつでも機会があれば反逆してやろうというのが分かる><;
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