第二章 33.王の婚礼
婚礼の行列はマッサリア目指して粛々と進み、夜は早めに幕屋を張って休んだ。
以前剣の勝負で大恥をかかされて以来、マグヌスと個人的な話を避けているメラニコスも、気持ちが大きくなったのかマグヌスに話しかけた。
「順調だな」
「今のところは」
「ところでお前には好きな女はいるのか?」
「──います」
「女っ気がない奴だと思っていたが隅に置けんな。誰だ?」
「内緒です。あなたのようにもてませんからね、片思いです」
メラニコスは妻の他に二人も愛妾を持っており、色好みとして有名だった。
「ドラゴニアがお前の侍女を選んでいるのは知っているか?」
「え、あれは本気だったんですか!」
「帰ってびっくりだな。まあ気つけ薬でも用意しておくことだ」
彼はニヤリと笑った。
その時だ。
「敵襲!」
声が上がった。
マグヌスは間髪を入れず、剣をつかんで飛び出していく。
怪しい人影が幕屋の周囲を取り囲んでいた。
ミタール公国の護衛の兵が剣を抜いて身構え、マグヌスを見て、
「夜盗でしょうか?」
「気をつけろ!」
「承知!」
護衛の兵に混じってマグヌスは人影に剣を向けた。
あとに続くはずのメラニコスが出てこない。
(これはおかしい。それに夜盗がわざわざこれだけ警備の厚い隊列を襲うか?)
「メラニコス! 剣を引くよう命じてください。悪ふざけはおしまいです」
メラニコスが幕屋から悠然と現れた。
「お見通しか」
「初日の夜に襲われて、姫がおびえてメイの城に戻るとでもお思いですか? どうせピュトンの策略でしょうが、姫はそれほど弱い方ではない。それなりのお覚悟を持って婚礼に臨まれているのです」
メラニコスは顎をしゃくった。
かがり火で照らされる夜盗役は、次々と鎧を隠していたボロ布や枯草を取り払って隊列に戻っていく。
「王には黙っていてあげましょう。二度とこんな真似はしないように」
マグヌスにしてはきつい言いようである。
貸し一つというわけだ。
ルルディは、騒ぎに飛び起きていた。
おつきの侍女もおびえて固まっている。
「みんな静かに。ねえ、マッサリアの使者はどうしていらっしゃる?」
「白い服を着たほうの方が飛び出していかれましたが、すぐに戻られました」
「じゃあ大丈夫だわ。騒ぎも静まったようね」
ルルディは侍女たちに微笑んで見せた。
「そのマッサリアの使者が私の様子を聞いてきたら、寝てたって言ってちょうだい、気付かなかったと」
(私だって、気にかけてもらうばかりじゃないのよ)
クスっと笑う。
「ルルディ姫はご無事だな?」
と、聞きなれたマグヌスの声がした。
「はい、騒ぎさえご存じなくお休みになっておられます」
「よし。ありがとう」
ルルディはもう一度クスっと笑った。
マグヌスが目を光らせていたのでメラニコスは手も足も出せず、偽物の夜盗事件以外には何事もなく、行列はマッサリアの王都に入った。
ルルディは目にするもの何もかも珍しい。
王都に入ると、まず、ルルディは祖霊神の神殿の清い泉の水で沐浴した。
生まれたままの姿になった彼女を、ミタールとマッサリアの侍女たちが協力して拭き上げ、純白の亜麻布と装身具をまとわせ、髪を結い上げ、薄いベールを掛け、銀梅花の花冠で止める。
一方、エウゲネスは古来から伝わる百頭の牛を祖霊神に捧げる儀式を執り行わせた。
牛肉を焼く煙が天高く昇っていく。
やがて山盛りの串焼きが運ばれてきた。
神殿に響き渡る荘厳な音色。
中庭をそのまま宴席とし、歌劇などの出し物が出席者の目を楽しませた。
出席者は男女とも色とりどりの衣装をまとい、新婚の二人の前に立っては口々に王の婚礼を祝う。
ベール越しの風景にはほとんど現実感がなく、ルルディはほとんど食事もとらず儀式を見守った。
深夜、やっと華やいだ宴も終わり、王とルルディは純白のロバが引く車に乗って王宮に入った。
見るものすべてがミタールよりも遥かに大きい。
北の館の入り口でエウゲネスはルルディのベールを取った。
「これからそなたは私の妻だ」
「はい、エウゲネス様」
間近で改めて王の顔を見て、ルルディは息を呑んだ。
(マグヌス様にそっくり)
エウゲネスに手をとられ、ルルディは初夜のしとねに入った。
ルルディを無事送り届けるという大役を果たしてマグヌスが西の館に帰り着くと、すっかり出来上がった部下たちに迎えられた。
支給された酒はたっぷり、串焼きの牛肉を肴に彼らは上機嫌なはずだった。
ところが──。
「マグヌス様、ありゃあ無いですぜ」
「どうして俺らの所には不細工な侍女ばかり来るんで?」
部下の大半は不満顔だった。
「あ」
ドラゴニアの仕業である。ツムジを曲げた彼女は、よりによった醜女たちをマグヌスのもとに送り込んだとみえる。
「ええい、うるさい! 付き合う女くらい自分で見つけろ。侍女に手を出してはならぬ」
そんなのこっちから願い下げだとブツブツ言う声を残し、彼は鎖帷子を脱いで寝台に潜り込んだ。
「うわおっ!」
真夏にひんやりしているはずの亜麻布の敷布が妙に生暖かいと思ったら、寝台の中から裸の女が這い出してきた。
「西の館の御主人様……」
「……!」
マグヌスは反射的に胸を抑えた。烙印は見られていない。
「頼む。疲れているんだ。この部屋から出ていってくれ」
「女に恥をかかせるのですかえ?」
「出ていけ!」
ついにマグヌスは大声をあげた。
女が衣装をかき集めて出ていくのを見送り、ほっと息をついて横になった。
「ドラゴニアめ!」
これは眠れそうもない。
侍女たちの扱い、前途多難である。
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