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第一章 30.南への旅立ち

 二人が旅立つ朝、マグヌスはテトスを訪ねた。

 彼が忙しいのは承知しているが、クリュボスの身の振り方について、最終的な許可をテトスにとっておく必要がある。


「クリュボスを逃がすのか?」

「はい。申し訳ありませんが、その許可をいただきにまいりました」

「あの小娘も一緒に行くのか」

「はい。決意は変わらないようです」


 テトスは腕を組んで溜息をついた。


「クリュボスみたいなクズのどこがいいのかさっぱりわからん。苦労するだけになるのが目に見えているのに」

「愛情というものは、時々、突飛なことを人にやらせます」


 ほう、と、テトスは意外そうな顔をマグヌスに向けた。


「何か身に覚えでもありそうだな」

「そういうわけじゃないです。一般論ですよ」


 マグヌスは内心の動揺を押し隠して答えた。

 暗闇の中での抱擁……ルルディの柔らかな肌のぬくもり……忘れたことは無い。


「金はもちろん、通行手形も紹介状も持たせましたし、ペトラのためにロバもつけてやります」

「至れり尽くせりの逃亡劇か。どれ、俺も見送りに行ってやろう」


 テトスは立ち上がった。



 南国へ向かう街道の出入り口。

 凱旋門が威容を誇っていた。

 旅立つ人、見送る人、物売り……。

 すっかり南征の前の賑わいを取り戻していた。

 

 上官のテトスまで来たものだから、クリュボスはすっかり縮こまってしまった。


「クリュボス、最後に一つだけ聞きたい」

「はっ、何でしょうか」

「お前はゲランスに捕らえられている間に、俺がゲランスに攻め入るつもりだとアルゴスに言ったのか?」

 

 クリュボスはビクンと硬直した。

 マグヌスは、しまったという顔をした。

 ごまかしてきたが、最後に逃げ場のないここで聞かれるとは……。


「どうだ?」

「言った……いや、言わされました……」


 テトスがぎりぎりまで怒りを抑えていることは、ペトラにもわかった。

 前に飛び出して小さな体でクリュボスをかばい、


「将軍様、お願いです。この人を赦してあげて。悪い人ではないんです」


 緑の目が、必死の願いを宿している。


「馬鹿者!」


 テトスは一喝した。


「そのせいで、俺を狙う刺客が放たれたんだぞ。本来なら、死罪でもおかしくない」


 クリュボスはがたがた震えながら、助けを求めるようにマグヌスを見た。

 だが、彼の目も優しいものではなかった。

 クリュボスの弱さ……人の弱さはある程度分かるが、大切な友と信じるテトスが命を狙われる原因を作った男を、手放しで許すことはできない。


「せいぜい、マグヌスに感謝するんだな。好きな女と逃亡の旅に出ようという男を斬り捨てるほど、俺も非情ではない」


 テトスは厳しい表情をやや緩めて、


「クリュボス、改めてお前を軍役から解く。どこへでも行け」

「将軍……。ありがとうございます」

「さあ、ペトラはロバに乗って」


 テトスの気が変わらぬうちにと、マグヌスはせかした。


「はい」

「クリュボス、生まれ変わったつもりでこれからはお前がペトラを守るんだぞ」


 マグヌスに釘を刺されて、クリュボスは言葉もなくうなだれた。

 経歴を偽り、母を捨て、王の命令を捨て、命からがらペトラにかくまわれて過ごしたみっともなさは、さすがに自覚しているとみえる。


「マグヌス将軍、お世話になりました」

「礼はいい。南の人たちによろしくな」


 二人の姿は、人の流れに消えていった。


「マグヌス、ゲランスは惜しかったな」

「ええ」


 今も肩書だけの将軍マグヌス……。


「ルルディ姫に再会するときには、一人前になっていたかった」


 あの場では表に出さなかったが、ピュトンに手柄を奪われた悔しさは計り知れない。


「くさるな。機会はまた来る」

「そう信じています」

「そうだ、ドラゴニアが五将を集めて宴会を開くと言っていたぞ。お前にもぜひ来いと」

「えっ」

「行くしかなかろう。彼女のお目当てはお前だ」

「そんな……」


 マグヌスは明らかにひるんだ。

 どうにもこうにも、五将の先輩に当たるこの女傑は苦手だ。


「行きますよ……」

 

 彼らしくないしょぼくれた顔でうなずいた。


「うむ。そして、次は反乱を起こしたアルペドンだ。王も軍も帰ってきた。討つしかない」

「そうですね。私は情報を集めます」

「うむ。次こそ、手柄を評価されて領土を得られるといいな」

 

 マグヌスは返事をしなかった。

 生まれながらに広大な私領を受け継いだテトスと、母から受け継いだ遺領まで追放の際に奪われたマグヌスと……その私領は王のものとなりいまだに返却されていない……両者の間には大きな溝がある。


「簡単に言わないでください」

 

 精一杯の反論だ。


「……すまん」

「しかし、次を見るしかないですね」

「ああ。俺たちも、あいつらもな」


 小国ゲランスと違って、アルペドン王国の平定は簡単にいかないだろうと容易に想像がついた。

 だが、悲願である旧帝国の再建には避けて通れぬ道だ。


 マグヌスはまだ、この戦いが自身の人生にも大きな転機をもたらすことを知らない。

 

 ゲランスの銀山騒動を経て互いを認めあったテトスと共に、露店で宴会用の花冠を選ぶのに夢中になっていた。



第二章完結です。

これからの展開に必要な情報を入れるのが大変で、お話としては今一になってしまった自覚があります。

第三章は、ヒロイン、恋に悩むルルディの登場から始まります。

お楽しみに!

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― 新着の感想 ―
[良い点] ゲランスの一件もなんとか決着……領主になれなかったのは残念だったけど、クリュボス達の今後を応援したい!若い二人には幸せになって欲しい!クリュボスがしっかりした頼りがいある男になってくれるこ…
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