第一章 29.あと一歩
ピュトンは王の言葉をさえぎり、自分の話を続けた。
「銀の精錬には技術が必要。王もそのことはご存じでしょう」
「そうだ。間違いない」
「私めが、先代のゲランス王の時代から逃げ隠れていた銀の精錬技術を持つ職人の一族を見つけ出しました。ここに連れてきております。彼らがいなければ、銀はいつまでも岩の中……」
ピュトンは選ばれた十人ばかりの集団を、王の前に連れ出した。
いかにも居心地悪そうにもじもじしている。
ピュトンに後ろから小突かれて、あわてて頭を下げた。
「わしらは、灰吹き法の職人でさ……銀を採れます。間違いございません」
マグヌスが念のために連れてきたクリュボスの母が、獣じみた声を上げてエウゲネス王の御前を突っ切り、ピュトンに連れられてきた職人たちの中に身を投げた。
「おう、おババ!」
「お前たち、生きていたのか、元気だったか……」
マグヌスは茫然とそれを見守るしかなかった。
エウゲネス王が、決定的な一言を放った。
「ピュトン、銀の精錬職人を見つけ出してきたお前が、最も手柄を立てたというほかない。これからはゲランス領主も併せて名乗るがよい」
再びマグヌスの方を向いて、
「マグヌス、お前を侮っているわけではない。一番の働きはお前だ。だが、ここではピュトンを認めざるを得ない」
テトスがたまりかねて言った。
「王よ、お待ちください。ピュトンは我々が命懸けで戦っているとき、人探しにうつつを抜かしていた……。それが許されるのでしょうか?」
「ほう、此度の戦いでは槍を振るう以上の価値あるものを儂は得ましたが、それがお分かりにならないかな?」
うっと言葉に詰まる。
メラニコスが薄ら笑いを浮かべてやり取りを聞いていた。
それを見てテトスはいっそう憤慨する。
「マグヌス、悔しくないのか? 銀山を見つけてきて、戦いでも誰にも劣らぬ働きをした。それなのに、あのピュトンなどに手柄を横取りされて、本当に悔しくないのか?」
マグヌスは他の方を見ていた。
「……あの顔を見てください……二度と会えないと思っていた人たちが再会したのです。まだ、私は領主としては力不足。彼らの喜びで満足しましょう」
「わかっているではないか。そも、お前が領主など片腹痛いわ。将軍職に取り立てられただけで感謝すべき。胸の烙印が、そなたの立場の何よりの証」
ギリッと、歯を食いしばってピュトンの侮辱に耐える。
ドラゴニアがハラハラしてマグヌスの横顔を見つめていた。
(罪なくして押された烙印はただの火傷です……)
(メラン、メラン、屈辱に耐える力を私に……)
「マグヌス、承知してくれるな」
「はい。では、私はこれで」
一礼して御前を下がった。
怒りとも失意とも落胆とも形容しがたい心のうちに、マグヌスは西の館に帰ってきた。
(ルルディ姫がお輿入れするまでに、一人前になっておきたかった……)
誰とも会いたくない気分だったが、彼を待っている客がいた。
ルークとペトラである。
「お嬢さんはペダルタから縁を切られなすった。どうしても、クリュボスの奴と一緒になりたいってよ」
「将軍様、私たちも、クリュボスと私も南の国へ逃げたいのです。お願いします」
心なしか、ペトラの顔が腫れている。
「わかりました。クリュボスを連れてきなさい」
無精ひげをそり、さっぱりした身なりになったクリュボスがやってきた。
ペトラが飛びつきたい衝動を抑えている。
「クリュボス。あなたがアーナム師の教えを受けたというのはうそですね」
彼もまた、緩やかに湾曲した剣を持っているのを確認しながら、マグヌスは言った。
西の館の荒れ果てた庭にクリュボスを連れていく。
「斬ってみなさい」
女の腕ほどの立ち木を示す。
クリュボスは型どおりに上から斜めに斬り下げ……幹の中ほどまで食い込んで、刃の勢いは止まった。
真っ赤になって、引き抜こうとあたふたする。
「貸してみなさい」
マグヌスは楽々と剣を引き抜くと、クリュボスと同じように斬りつけた。
パサリ、と、かすかな音がして幹は切断された。
クリュボスが目を丸くする。
眺めていたルークが腕組みをしてマグヌスの腕を認めるようにうなずいた。
ペトラの口からは思わず感嘆の声がもれた。
「すごい……」
「冷たいことを言うようですが、あなたの恋人の腕はこの程度。この剣の良さを引き出すこともできなければ、剣士として立ちゆくこともできません」
「でも、でも、練習すれば、一生懸命練習すれば……」
「どうしてもというなら、私がアーナム師に紹介状を書きましょう」
「ほ、本当に! ありがとうございます」
「ペトラ、あなたには舞の師匠を紹介してもらいましょう。南の国は人を受け入れると言っても、無為に過ごす人には厳しいものです。大丈夫、あなたならやっていける」
厳しい目を向けて、
「問題はクリュボス。あなたは、本当にやる気があるのですか? あなたがやる気にならない限り、紹介状は書けません」
「やってみます。今度こそ、命懸けでやってみます」
「アーナム師の特訓は厳しいですよ」
「ペトラを守らなきゃならない……」
「……その自覚ができたのはいいことです。旅の準備をしましょう。南国ナイロには私の学友カクトスが残って勉学を続けています。細かいことは彼に頼めます。そうだ、母上にもお別れを言わねば」
クリュボスの母は、同族が守ってくれるだろう。
マグヌスは、二人の若者へ新天地への地図を示すことにした。
「お嬢さんの身の振り方も決まったことだし、俺はまた旅に出るぜ」
娼館ペダルタの用心棒をクビになったルークはふらりと姿を消した。
(ゲランスを手に入れていたら、引き留めていたのだけれど)
マグヌスは残念に思った。
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