第一章 28.ゲランス攻略戦
マッサリア側の予想通り、ゲランスの軍は籠城を選んだ。
反旗を翻したゲランスを討ち、銀鉱山の利益を手に入れるためには、ここでマッサリアは引くわけにはいかない。
ゲランスの王都の周りには高い石壁が築かれ、東西南北に門がある。そしてそこを突破しても高台に立つ王城の周囲にもう一回り石壁が築かれている。攻略するためには二重の壁を突破しなければならないのだ。
南征で活躍した城攻めの仕掛けが、王都の壁に迫る。
マグヌスたちは、巨大な丸太をつるして振り子の要領で石壁をも突き崩す破城槌を、王都を囲む壁の東側の正門に据え付けた。
正門の守備は手厚く雨のように矢が降る中ではあったが、マグヌスはひるまず、破城槌の威力によって門の破壊に成功した。
破城槌の向きを変えて、周囲の石壁も突き崩す。
「マグヌス、ありがとうよ」
真昼頃、メラニコスの率いる次鋒の軍がマグヌスたちに先んじて、破壊された石壁を乗り越え、市内に突入していった。
非道を非道とも思わぬ彼は部下に市内の略奪を許した。
市街はたちまち、阿鼻叫喚の地獄に変わっていく。
破城槌を取り外したマグヌスたちがその後に続く。
「西の裏門のピュトンはどうしている?」
「苦戦中の模様です。まだ、裏門は抜けてない」
マグヌスの騎兵は、今回は伝令として活躍していた。
「よし、西門のゲランス兵を排除し、内側から門を開けてピュトンを助けよう」
「将軍……俺たちは『ご褒美』なしですか?」
略奪のことを言っているのだ。
兵役の義務として働いている正規兵には報奨金は出ない。将軍の判断によるが略奪を許して対価とする悪習があった。
「契約金を出さないぞ! 裏門へ急げ!」
「――へいへい」
内外から攻められた裏門は間もなく落ちた。
門扉を開けたが、真っ先に乗り込んでくると思われた裏門攻めの指揮者、老将ピュトンの姿は無かった。
疑問に思ったものの、この時マグヌスはその理由を深く考えなかった。
王城の攻略を前に、日が落ちた。
城下は、あちこちに放たれた火で明るい。
「明日はあの城を落とすぞ」
兵士たちは城を見上げつつ、市街を焼く明かりに集まって談笑し、気ままに住民に暴力を振るった。
夜明け。
マグヌスたちは、攻城機を苦労して城の建つ高台まで押し上げ、王城の門の破壊をもくろむ。
しかし、今度は簡単にはいかなかった。
高い城の上から大量の油をまかれ、その上に火矢が放たれた。
「ぎゃあっ!」
「熱い、熱い!」
攻城機は炎に包まれ、操っていた兵士たちも炎に巻かれた。
消火を命じた者もいたが、攻城機がもはや役に立たないことは明白だった。
攻城機を失い、マグヌスたちはいったん兵を引いた。
「力攻めにせずとも……」
むき出しになった城。
そこに逃げ込んだ無数の住民たち。
そして兵士たち。
やがて食糧が尽き、水が尽き、力尽きて終わる。
マグヌスとメラニコスは待つことに決めた。
大国アルペドンに援軍を出す動きが無いことは、智将テトスがすでに探り当てていた。
テトスからはもう一つ伝言が来た。
「王は城の者の命まで取らなくてよいとおっしゃっている」
すかさずマグヌスが城に向かって呼びかけた。
「投降すれば命は保証しよう!」
部下たちも一斉に呼びかける。
別に人道的なわけではない。
命は保証されても奴隷身分に落とされる道が見えているだけだ。
ただ、兵士たちの戦う意欲をそぎ、場合によっては内部分裂を引き起こす戦術になる。
待つこと十日、ついに内通者が出た。
マグヌスとメラニコスには意外だったが、それは籠城を指揮しているはずの王族の一人だった。
彼は実際に籠城を唱えているのは軍をまとめているアルゴス将軍だと告げ、自分たちの助命を嘆願した。
「そうか。テトスに刺客を放ったあのアルゴスか。では、協力の証に城門を開けろ」
市内の略奪だけでは飽き足らないのか、メラニコスが酷薄な笑みを浮かべた。
王城の内部でどんな争いになるか……それを想像したのだ。
密閉された内部ではメラニコスの想像通りのことが起きた。
まず、王族たちは安全が保障されたことに安堵した。
そして、強硬派のアルゴス将軍を夜間城門の上のやぐらに言葉巧みに連れ出し、隙を見て突き落とした。
かくて城門は開け放たれ、小国ゲランスはあっさり落ちた。
メラニコスが真っ先に入城し、徹底的な破壊を命じた。
ゲランス産の銀で作られた宝物は、ことごとく奪われた。
アルゴスの最期の話を聞いて、マグヌスはテトスが聞いたらどう思うだろうかと考えた。
(敵将にしてもあまりに無惨な……)
智将テトスも、最初はマッサリアと対抗して散々に苦しめ、投降したのちに将軍に取り立てられた経歴を持っているからだ。
これもテトスに叱られるだろうかと思いつつ、アルゴスの遺体を探し出し、少しばかりの土と水をかけて埋葬の代わりとした。
埋葬されない者の魂は死者の神グダルのもとへは行けず、永遠に虚空にとどまり苦しみる続けると彼らは信じていた。
将軍が手ずから土をかけるのを見て、気を利かせた部下が無残な遺体を誰とは知らぬままに丁寧に葬った。
王族たちは、エウゲネス王の命により、その場で追放が決まった。
おそらくアルペドン王国の伝手を頼るであろう。
道中の無事を祈るものが誰もいない旅立ちだった。
前回と違って質素な凱旋式の後、王の前ではゲランス領が誰のものになるかを決める会議が開かれた。
五将の中で留守居役の竜将ドラゴニアは、最初から数に入っていないと不機嫌な顔をしていた。
「皆の働き、見事であった。ことにマグヌス、お前は銀の鉱脈を見つけてきたうえに、戦いでも誰にも引けを取らぬ働きをした。そろそろお前も領主になってよいころだろう……」
マグヌスの胸は高鳴った。
これで一人前になれる……。
「お言葉をさえぎって失礼いたします。王の意見には同意しかねます」
戦いの間一切顔を見せなかった老将ピュトンが声を上げた。
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