第一章 27.生きていた男
王宮での祝宴に負けじと、城下でも華やいだ宴が催されていたころ。
人々の関心はすっかり戦勝祝いに集まっていた。
その中で、マグヌスは以前テトスから繁華街のいかがわしい店、ペダルタを捜索したのと同じ兵士たち五人を再び借り受けた。
客のふりをしてペダルタの内部をうかがっていたマグヌスの部下が、ペトラの姿を確認して合図した。
「今だ!」
マグヌスと五人の兵は店内に突入した。
「三人は用心棒を抑えろ! 一人は客を入れるな。もう一人は私と一緒に!」
「おう!」
「きゃあ! 何よ!」
ペトラは持っていた盆をマグヌスに投げつけて、店の奥に逃げた。
手近な小部屋に隠れる。
「ここだ!」
マグヌスらが追う。
逃げても、隠れても、下調べをして店の構造を頭に入れている追っ手を巻くことはできない。
「来ないで!」
宴会を突っ切り、秘め事の場を荒らし、必死の逃亡が続く。
鍵の手になった廊下の奥に、一瞬、ペトラの姿が隠れた。
「将軍、その先は行き止まりです」
はたして、斧や槍を飾った壁に行き当たった。
ペトラの姿は無い。
「?」
「隠し扉か? そっちを押してみろ」
「はい!」
兵士が力任せに押すが、動かない。
「押してダメなら引いてみろだ!」
彼は、ちょうど手ごろな位置にある槍の留め具に手をかけ、引っ張った。
「将軍! 開きます!」
「よし、私も行く!」
試練は続いた。
足元はちょうど壁の縁から下に続く階段になっており、あせった二人はもつれあって転げ落ちた。
「あ痛ぁ……」
「将軍、失礼ながらどいてください」
「……悪い」
「動かないで!」
ペトラが短剣を構えて叫んだ。
隠し扉の隙間から漏れる明かりが、ちょうど彼女の顔を照らし出していた。
彼女の頬は涙に濡れている。
「来ないで……」
やっと立ち上がったマグヌスが声をかけた。
「出てきなさい。マッサリア五将の一人マグヌスが責任を持ってあなたを保護します。それとも、いつまでも、か細い女の子の背に隠れるのですか? クリュボス!」
ペトラが膝から崩れた。
「ばれてたの? どうして?」
「私を河で助けた時、あまりに手慣れていたので疑い始めました。あなたの様子から、クリュボスに恋していることもわかりました。さあ、出てきなさい」
闇から、のっそりと男が姿を現した。
やつれた表情に無精ひげ。
だが、優男ではある。
「前に徹底的にペダルタを調べたのは、構造を知るためと、いったんあなたを安心させるため。あの時はほかの隠れ場所にでも移っていたのでしょう? あれほど調べた店をもう一度調べるとは思わないのが普通……まさかこんな隠し部屋があるとは思いませんでしたが」
「マグヌス将軍……噂通りの……」
「味方になります。あなたが、ゲランスの銀山を調べていたのはわかっています。どうして騒ぎを起こしてまで身を隠したのか、説明してください」
「俺は、ゲランスとマッサリアの国境の銀の鉱脈を探っていた。それを、ゲランスの国境警備の兵士に見つかって、ゲランスの侵攻を探る密偵と勘違いされた……」
「勘違い?」
「本当の目的は言っていない。俺はマッサリアの軍事情報を流すことを条件に解放された……」
「それで?」
「王に命じられた使命が果たせないうえに、ゲランスに情報を売ってしまって、板挟みになったんだ!」
「わかりました。任せてください」
マグヌスはさらっと言った。
「銀の鉱脈は、あなたのお母さんが一部探し当ててくれましたよ」
「おふくろが?」
「そうです。あなた方は女は銀山のことにはかかわるなと言っていたようですが、あなたより的確に鉱脈を見つけましたね」
「おふくろ……放り出していたのに……」
「城で保護しています。今は、私の部下の調理係にゲランス料理でも教えているでしょう」
「ありがとう……ありがとう、将軍」
「あなたも保護します。さてと、早くしないと、テトス将軍の部下がルークに負けてしまう」
彼らは急いで上に戻った。
ルークは、三人の兵士を相手に一歩も譲らぬ立ち回りを演じていた。
「ルーク! クリュボスは保護しました。剣を引いてください!」
そして、
「お前たちも剣を納めろ、無駄に怪我をするんじゃない」
「マグヌス! 三人がかりとは卑怯だぞ」
「何とでも言ってください。こうでもしなければあなたを押しとどめることはできなかった」
「クリュボス……捕まったのか……」
「違います。身柄を保護しただけです。彼の母親も保護しています。悪いようにはしない。私を信じてください」
ルークは大きく息を吐いた。
「クリュボスが信じたなら、もう、何をやっても仕方がない。行け」
「ありがとう。でも、どうして、店ぐるみで彼をかくまったんですか?」
「ペトラお嬢さんのためだよ。そうでなくて誰がここまでするもんか」
「あなたには二度負けましたが、知恵比べでは勝ちましたね」
「うるさい。どうせ俺はこれでクビだ」
「いつでも私のところに来てください。歓迎します」
「うるさいったら。行けっ!」
マグヌス達はクリュボスを囲んでペダルタを後にした。
ペトラが嗚咽を漏らしながら見送った。
「マグヌスなら信じていい。あいつなら、きっとクリュボスを助けてくれる」
ルークが、半ば自分にも言い聞かせるように言った。
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