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終章 253.ボイオスくだる

 北方ガラリア山脈の高地にあるボイオス地方を悩ませるのは冬の寒さだけではない。

 

 ボイオス人が山に避難している間に消費したのとマッサリア軍の略奪で、ボイオスにはわずかしか食糧が残されていなかった。


「なんとかして食糧を手に入れないと」


 なにしろ麓に通じる太い道はアンカティ道一本しか無いので、ここが封じられると死活問題になる。

 麓と言ってもここも平地と比べると標高は高い。ただ交通の便はボイオスよりも格段に良くなる。


「金なら俺の弟が持っている。麓で買うんだ」

「道が凍りつく前に運び上げよう」


 凍りつけば通行自体困難になる。

 男たちが二日がかりで道を降りた。

 日陰はすでに氷の板になり始めていた。


「気をつけろ、落ちるなよ」


 麓の村でもマッサリア軍の略奪にあって穀物は少なかったが、そこは金貨の威力である。

 なんとか買えるだけ買い取って背に担ぎあげる。

 もっと大枚はたいたヤギ数頭を追いつつ、ボイオス人たちは山に登っていった。


「春まで足りるだろうか?」

「山の木の皮を剥いで食いつなぐんだ」

 

 ヤギはまだ乳が出る。

 自慢の毛長ヤギを含めて、ヤギは乳の止まった順に食われる運命にある。

   

 ヤギ肉にありつけたのは一部で、厳しい冬の間、骨と皮になりながらボイオス人のなからは生きのびた。


 葬ることもできない餓死者を食らってオオカミが増えた。


「見慣れない黄色いやつがしつこい」


 追い払う体力も無く、オオカミの群れの跳梁跋扈するままに任せるしかなかった。

 

 翌年は、窮状を知った商人たちがロバに荷を積んで登ってきてくれた。

 見張りが甲高い声で来客を伝える。


「おう、これは助かった」

「もう一度運んで来てくれれば、この倍は出す」


 ルークが両手いっぱいの金貨を出した。


「道が悪すぎる。直してくれないとこれきりで終わりだ」


 商人たちは、思わぬ儲け物と金貨を懐にしまい込みながら苦情を言った。


「ああ、この状態で、春の補修ができなかったからなぁ」


 冬の霜で道の縁の土が浮き、溶ける時に崩れてしまう。道幅は半分ほどになっていた。


「ここまで来るかどうか知らないが、東帝国軍が来ているそうだ。気をつけろ」


 商人たちは約束通りもう一度食糧を運び上げると去っていった。


「仕方がない、麓までの道を切り開くんだ」


 上り下りだけでも大変なあの道を作り直すのかとルークが呆れていると、兄に(すき)を押し付けられた。


「おまえも掘るんだ」


 泥まみれになって山腹に道を刻む。

 だがルークはすぐに飽きてしまった。


「城の補修もしておかねばならんだろ」


 ルークたちは、まず、埋められていた井戸を掘り始めた。

 この城が水を得る手段はこの井戸しかなく、水の手の確保は城を利用するうえで喫緊の課題であった。

 また「井戸にマグヌスの遺体を埋めた」というロフォスの言葉も気になる。


 螺旋状の階段を一段ずつ掘り起こして、大地の中へと入り込んでいった。


「そのまま頼む」


 ルークは城内の広間に残された血痕の掃除を始めた。

 何日もかけて、井戸の底から見上げる空が小さくなった頃、掘削にあたっていたボイオス人は、怪異に遭遇した。


 長い黒髪を振り乱し、粗末な灰色の着物を身に着けた何者かが、地下から現れたのだ。


「我を求むることなかれ」


 亡霊の声は井戸の壁に反響し、屈強な兵士も得物を取り落として耳を塞いだ。


 暗がりで表情も判然としないその者の胸には、青白く光る十字が二つ、浮かび上がっていた。


「うわぁー」


 悲鳴を上げたボイオス人が四つん這いになって、もつれあって螺旋階段を登ってくる。


 腰が抜けて地べたに転がっているのを蹴り飛ばし、地上で残土の始末にあたっていた者が怒鳴りつけた。


「幽霊くらいで諦めるな!」

「そんなことを言われても……」

「祟られるのは嫌だ!」


「待て、胸元に二つの十字だと?」


 ルークが割って入る。


 彼は、話を聞いてマグヌスの亡霊だと直感していた。

 井戸の縁をつかむと底に向かって大声を上げた。


「マグヌス、俺だ。会いに行くからそこに居ろ!」


 彼は振り返った。


「大丈夫だ。一緒に降りてこい」


 松明で足元を照らしながらゆっくり降りる。

 底に着いた。


「さあ、掘ってみろ」

「は、はい」


 何も起きなかった。


「水が出てきました」

「馬鹿野郎、この下には俺の親友が眠っているんだ、掘れ、掘るんだ」


 水位が変わったのか、水が人の背丈になっても遺体らしいものは出なかった。


 掘るものが土から砂に変わり、水が澄んできたところで、確認のために恐る恐る匂いと味をみる。


「穢れちゃいない、普通の水ですぜ」

「そんな馬鹿な……」


 オオカミが遺体を荒らしたのかと思ったが、ロフォスは確かに「井戸の底に」と言った。


 皆が井戸を気味悪がり、新たに井戸を掘る余裕もないうちに、アンカティ道の見張りが叫んだ。


「アンカティ道を登ってくるものがいるぞ!」


 指揮しているのは馬に乗った堂々とした武将。

 風に銀のリボンがなびいていた。

 馬の歩様は巧みで、崖を恐れる素振りはない。


「石を落としますか?」

「待て、あれは道を作っている」

「その次の群れは家畜じゃないか?」


 家畜を伴って登ってくる人々は、道を補修しながらゆっくり進んだ。

 道が無くなっている所は大きく崖を彫り込んで新たに道を作った。


「おーい、助けが来たぞ!」


 下から誰かが呼ばわった。


「助けだと?」


 上からの道作りと下からの工事が、山の中腹で出会った。


 馬上の武将が気さくに声をかけた。


「大麦、小麦、ヤギ、ヒツジ、それから塩、考えられるだけ持ってきた」

「侵略ではないんで……」

「違う」

 

 武将は高笑いした。


 その時、両者の間に崖を伝ってスルスルとルークが降りてきた。


「ルーク、久しぶりだな」

「アンドラス陛下……よくぞ……」

「無理にとは言わん、良かったら帝国の一員になってくれ。自治は認める」


 そして振り向いて、また笑った。


「お前たちの水晶には、このカクトスが世話になったことがあってな」

「陛下!」


 水晶のおまるのことを言われ、カクトスが褐色の顔を真っ赤にして恥じ入った。





明日も更新します。


次回、第254話 無名の墓標


夜8時ちょい前をどうぞお楽しみに!!

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