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終章 247.雲霞(うんか)のごとく

「カクトス様、アウティスという塩商人が面会を求めております」


 最高級の塩を荷車十台分献上して、皇帝との面会を求めたという。


「知っている。彼はマグヌスの手の者だな。主を失って頼ってきたのかもしれない」


 顔見知りでもあり、カクトスはすぐにアウティスに会った。


「カクトス様、マグヌス様が亡くなったというのは間違いないのですか?」

「直接見た者がいる」

「俺より先に逝くなんて……」


 アウティスは初めてマグヌスに会った時のことをカクトスに語った。

 

 当時アルペドン王国に追われていたルルディを送るために傭兵に扮し、短い道のりだったが塩の隊商を護衛するために申し分ない働きをしてくれた気さくな若者。


 二人は、しばし故人の思い出に浸った。


「それで、皇帝陛下に何を頼みたいんだ?」

「俺を道案内として雇ってくだせぇ。あのマグヌス様を死なせたマッサリア王国をめちゃくちゃにしてやる」

「恨みからか……」


 しかし道案内は欲しい。

 カクトスは、アウティスを皇帝アンドラスに引き合わせた。


「この者はアウティスと申しまして、マグヌスの下で長く働いております」

「……道案内として雇っていただければ幸いに存じます」


 アンドラスは苦笑いした。


「一度負け戦を経験しているから、案内は不要」

「もっと楽な道がございます。それにアルペドン領は不案内でしょう」

「アルペドン領まで進軍は……」


 カクトスがささやいた。


「西の果て、インリウムまでお進みください。北はボイオスをテオドラ様が望んでおられます」


 世界が我が手に入る。

 

「旧帝国の再建、か」

「百年の夢を現実に」


 アウティスが真剣な目をして二人のやり取りを見ている。


「私の実家も塩商人なのでよくわかります。塩の道は世界に張り巡らされています。それを案内しようと言うなら確かでしょう」


 アンドラスが手を上げた。


「地図はあるか?」


 すぐに大きな地図がアンドラスの前に広げられる。

 旧帝国の流れをくむ東帝国に伝えられてきた貴重な地図だ。


「アルペドンの半ばまでしかございませんな。まあ良い」


 アウティスはペンを取ってさらさらと道や川、目印を書き加えた。


「実際はこうなります」


 アンドラスは、前の遠征のときに道案内にしたマッサリア人との知識の差に驚いた。

 さもありなんとカクトスはうなずいている。


「立ち入ったことをうかがいますが、軍の構成はどうなっていますか?」

「先を行く軍は四つ、我々の本隊と別に三つ」

「では、本隊はこちらの道を。別働隊はそれぞれこちらを行かれれば食糧の徴発がたやすくなるでしょう」


 インクが乾かぬうちに、すっ、すっと指差す。


「最終的に、こちらの道で合流されると良いでしょう。王都に戦力を集中できます。ここで右手の道を取るのを忘れないように」


 しばらく沈黙があってから、


「待て、途中で応戦されることを考えていないではないか」

「マッサリア軍の動きがあれば、それに応じて最適な道をご案内できます」


 カクトスがアウティスの腕を取った。


「貴重な人材、他にはやらぬ」

「良かろう」


 アンドラスの裁定が下った。




「東帝国軍がリドリス大河を渡って押し寄せているではないか!」


 テオドロス「王」は評議会で叫びを上げた。


「ゲナイオスは傍観する気か」


 評議会はゲナイオスを王として承認していたが、テオドロスは従わなかった。


「東帝国とは和平を結んでいる。それにもかかわらず今回の出兵。使者を立てて侵攻の理由を問いただしている」


 ゲナイオス王はあわてない。


「ルフト侯領からの急使によれば、前回とは比べ物にならない大軍、降伏するとのこと」

「腰抜けめ!」

「世間知らずよ」

「何を! エウレクチュスの野で再び迎撃を……」

「行きたければ行け。マッサリア王国は慎重な対応を取る」


 マッサリア王国は、事実上分裂した。

 血気にはやるテオドロスは義勇兵を募り、弟のクサントスと共にエウレクチュスの野へと向かうと宣言した。


「蛮勇とは哀れなものよ。以前あの地を選んだのは、土地勘のあるテトスがいたからこそ」


 ゲナイオス王は、アルペドン領のヨハネスや友好国のグーダート神国に使者を派遣し援軍を求めた。


雲霞(うんか)の如き大軍……」


 二十万という数は確認していなかったが、ゲナイオスはただならぬものを感じていた。


「マグヌスがいない」


 彼がいれば、マッサリア王国が生き残る何らかの方法を考え出してくれただろうに。

 テオドロスが私怨で彼を殺害していなければテトスが寝返ることもなかっただろう。


「ゲナイオス、今回は海軍は出ないのですか?」


 ドラゴニアが寄り添う。


「まだ分からない」


 ゲナイオスは妻の肩を抱いた。


「和平を破っての出兵、正義は我らにあります」

「出兵の理由もまだ分からない」


 その大軍が、自分を「支援」するものだとは知らないゲナイオスは、東帝国軍の動きを図りかねていた。


 数日のうちに、今度は南方大陸の植民市から急ぎの使者が海を渡って来た。


「南方諸国に動きあり、穀物を満載した船団が各地の港を出たとのこと」

「南方諸国とは?」

「ナイロ、エンコリオスの支配地、パラス朝アルテアまで、全ての国々です」


 ゲナイオスは食糧の支援を要求していない。


「春先の一稼ぎではないのか?」

「それにしては早すぎます」


 夫と同様によく海を知るドラゴニア。


「まさか、遭難の危険を犯して、東帝国の遠征軍に食糧の供給を……」


 ゾッと背中の毛が逆立った。

 いったい、どんな規模の遠征が行われるのか。


「三段櫂船を出そう。穀物を奪え」


 冬の海の危険は承知している。


「東帝国め、本当に南方諸国と手を結んだか」


 マグヌスの警告が、現実になろうとしていた。




明日も更新します。


次回、第248話 アルペドン動かず


夜8時ちょい前をどうぞお楽しみに!!

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