第一章 24.秘められた鉱脈
命を狙われた手前、マグヌスは顔を隠して部下を連れ、小ゲランスへ入った。大通りを避け、路地を行く。
クリュボスの母の家からはいい匂いが漂っていた。
マグヌスと部下二人は朝早く食事を済ませてきたのだが、また腹が減りそうないい匂いだ。
「俺はクリュボスのおふくろとは顔見知りだから」
「では、任せる」
マグヌスの言葉に、以前ペダルタを案内したバノンズが小屋の入り口のむしろを上げた。
「おっかさん、いるかね?」
途端に中から杓子が飛んできた。
バノンズはあわてて回れ右して逃げ出した。
後を追って、小柄な老婆が包丁を手に飛び出してきた。
何かわめいているが「ぶっ殺してやる」という物騒な文句だけは聞き取れた。
「クリュボスの母上、落ち着いてください」
傷つけないよう慎重にマグヌスが母親を抑えた。
「こいつのせいで、息子は悪所に出入りするようになり、わしを捨てて兵隊になってしまったんじゃ」
「俺のせいじゃない!」
「それを今言い争っても仕方ないでしょう」
マグヌスの声に気がついた老婆はピタリともがくのをやめた。
足元に包丁が落ちる。
「……あんたは……向かいの人に金を恵んでくれた将軍様かね?」
「恵んだわけではありません」
マグヌスは顔を覆っていた布を取った。
老婆はしゃんと腰を伸ばして首を振る。
「おかげで肉と豆と薪を買えた。食べていくかね?」
「いただきます。三人いますが大丈夫ですか?」
彼女はやっと笑った。
「近所にふるまおうと思ってたくさん作ったんでね。食べて行っておくれ」
古ぼけた椀に豆のスープがよそわれた。
崩れるほど柔らかく煮込まれた豆と塩漬けの肉。
薬味はニンニクともう一つ、何かわからない香草が入っている。
「うまい!」
三人は思わず口にした。
「そうじゃろう」
老婆が自分も食べながら得意げに笑い、
「豆を食べに来たわけではなかろう、用はなんじゃね」
と、聞いた。
「あなたの故郷に行きたいのです、銀が採れるという」
「銀が目当てかね……。しかし、銀は岩から取り出すのが難しい……金のように拾えるわけではないぞ」
「その岩が目当てなのです。鉱脈がどうつながっているのか、あなたの故郷を起点に探したい」
「ふうん……」
「鉱脈は、マッサリア側に伸びている可能性が高いと私は見ています」
バノンズが頓狂な声を上げた。
「あ、だから先日ゲランスが攻め込んで来たのか!」
「その可能性があります」
老婆はうなずいた。
「わかった。ただ、お前さんたちでもここから十日の道のりじゃえ」
「思ったより近いですね。豆をご馳走さま。残りは向かいのご婦人にでも預けて出発しましょう」
老婆はマグヌスが思った以上に健脚だった。
しかし所々の山道では、部下二人がかわるがわる彼女をおぶった。マグヌスがおぶわなかったのは、
「将軍様におんぶされるなんてもってえねえ」
と彼女が遠慮したからだ。
国境近くの森の中。
昼。
人通りもない。
四人は警戒しながら進んだ。
「マグヌス様、あれを」
バノンズが、森の木々の間から見える櫓を指さした。
「警戒されているな」
「突破しますか」
「止めておこう。こちらが動いていると知られたくない。クリュボスの母上、間道はありませんか」
兵士の背から老婆は森の中を指さした。
「道とは呼べんが、峠を越す方法はある」
「教えてください」
「いいとも」
櫓の見張りに気付かれないよう、マグヌスたちは道を逸れ、林に入る。
「わしの故郷はあの櫓のすぐ向こうなんじゃ」
「銀山だけあって、今も見張りが厳しいのですね」
「そうかもしれん。じゃが、銀の採れる岩は山の中で見付かるもんじゃ」
三人は、背中の老婆が指差すままに森の中に分け入った。
山を登るに連れ森はだんだん岩場となり、澄んだ小川が流れている。
そこで老婆は崖の上を指さした。
「おふくろさんよ、飛べとでも言うんかい。それともボケちまったのか……」
憎まれ口をたたくバノンズを老婆が蹴飛ばした。
「あの岩じゃ。銀が採れる岩」
「おおー」
三人は声を出して上を見上げた。
確かに周囲の白っぽい岩とは異なる黒ずんだ岩が顔を出していた。
兵士が無理やりよじ登って岩の破片を手に入れる。
黒ずんだ中に所々キラキラ光るものが見える。
マグヌスは夢中になって地図と照らし合わせた。
「この谷筋……マッサリア側ですね」
肩越しにバノンズが覗き込んだ。
「もうちょっとこっちにも似た地形が描いてあるぜ」
「確かにそうですね。行ってみましょう」
低木をかき分けて四人は進んだ。
背中の老婆は時々空気の匂いを嗅ぐような不思議な動作をした。
「あっち」
指さす方向にまたしても黒ずんだ岩があった。
「匂いでわかるのですか」
「いいや。山の神様に教えてもらっとるだけじゃ」
「へええ。だけどこの岩を見ただけじゃ銀が採れるなんてわからないぜ」
「そうじゃ。じゃから、銀の採り方を知っている者が必要なんじゃ」
四人はもう二つ同じような岩が顔を出しているところを見つけ、山を降りた。
「十分だ。帰ろう」
「探せばまだありそうだぜ……」
「王の帰還祝いのご馳走にありつけなくなってしまってもいいのか?」
マグヌスが笑った。
「それから、クリュボスの母上、これだけの秘密を知ったあなたは重要人物です。城で保護させてください」
「息子を探してくれるんなら。あれでもわしには大切な息子じゃから」
「わかりました。約束します」
四人は帰途についた。
エウゲネス王の帰還は間もなくであり、この朗報を伝えられる事をマグヌスは嬉しく思った。
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