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第十五章 239.父子の絆

 「どうすれは叛意など無いとテオドロス王に伝えられるのか……」


 マグヌスは煩悶した。

 テトスはああ言ったが、マグヌスにテオドロスを廃するつもりはない。


(ルルディの愛する息子、王座は護ってやりたい)


 軽々しく「永遠の忠誠を誓う」などと言う男ではない。

 口にしたからにはルルディを守り通すつもりだ。


 親の目は曇る。

 ルルディが王の器にあらざる息子を王位にと望んだ場合、自分の忠誠はどうなるのだろう。


 マグヌスの悩みをよそに、城では緊迫した雰囲気ながらも淡々と日常生活が送られていた。


 難攻不落の天然の要害。

 守る人数は少なくて済む。

 食糧は十分だし、水は中庭の井戸からいくらでも湧いてくる。


(冬になればテオドロスたちは耐えられまい。それまでの辛抱) 


 籠城戦は守る側が有利。

 とにかく冬を待とうとマグヌスたちは腰を据えた。


 そんな晩秋の日、城を訪れたのは、意外な人物だった。


 まず、見た目が良い。

 青い着物(キトン)に黄色の上掛け。武装はしておらず、ボイオスの寒風に毛長ヤギの毛皮をなびかせていた。

 男ながら丁寧に髪を結い、仕上げに金色のオリーブの花冠。

 地上に降りた太陽神もかくやといった出で立ちである。


 しかし、その若い男に、もとの面影は残っていた。


 物見の塔の兵に呼ばれてその姿を確認したマグヌスは、橋に続く門を開けさせた。

 

「マグヌス様、危険ではありませんか?」

「ロフォス、あれが誰か分からないか?」


 ロフォスの疑問が解消される前に、件の人物は広間に通された。

 マグヌスは立ったまま出迎えた。

 しばし見つめ合う二人。

 マグヌスが口を開いた。


「キュロス。なぜここへ来た?」

「あなたにはお見通しか……」


 ロフォスが剣の柄に手をかける。

 マグヌスの血が繋がらぬ息子キュロス。

 マグヌスが一度は愛した女友だちテラサを襲ってアルペドン領から追放になった男。


「女性を傷付けて追放の身でありながら、よくもぬけぬけと!」


 キュロスはロフォスに手を上げて制した。

 よく手入れされ、爪はきれいに磨かれている。


「ここはアルペドンではない。どこへ行こうと勝手だ」


 マグヌスがうなずく。

 キュロスに課された罰は、アルペドン領に入らないというだけ。


「なぜ、私のところへ来た? この窮地以外、今の私にはおまえに譲ってやれるものはないぞ」


 キュロスが、一步二歩、近づく。


「来るな!」


 ロフォスが警告を発する。

 鍛え上げられたロフォスの肉体と華美を極めたキュロスの姿と。


「そんな商売女(ヘタイラ)のような風体を恥じないのか!」 

 

 キュロスの頬を怒りが染めた。

 しかし、彼はもう一歩マグヌスに近寄った。


「父上」


 懐かしい響きだった。

 母を亡くし途方に暮れていたあの頃。

 土産の玩具を叩き壊した姿。

 懸命にルークと剣を交えていた様子。


「今さら父と呼ぶか?」

「呼ばせてください、お嫌でなければ」


 ロフォスがさり気なく両者の間に割り込もうとする。


「ありがとう、ロフォス」


 キュロスは構わず話し続ける。


「父上、このままこの城にこもり続けては、立場が悪くなるばかりです」

「出られるものならとうに出ている」


 テトスが見つけた尾根道は弓隊の射程に入った。

 ここが塞がれた今、残るのは空堀を渡る橋のある正面だけだ。

 正面の塔からは包囲するマッサリア兵が持つ弓が見える。

 弓弦は張られており、出てくる者がいればいつでも射殺す準備ができている。


「父上、どうか、この城を出てください」

「弓隊が私を狙っているのに気付かなかったか?」

「私はテオドロス王と人も羨むほどに親しく交友しております。父上には一矢、いえ指一本触れさせません」


 マグヌスは、じっとキュロスを見つめた。


「テラサを騙し討ちにしたお前を信じろというのか?」

「母を亡くした私は寂しかったのです。お許しください」


 しおらしくキュロスが面を伏せると、毛長ヤギの毛先が揺れる。


「父上に反逆するおつもりが無いことはよく分かっております」

「では、それを私ではなく、テオドロスに伝えてくれ」


 キュロスはロフォスを横目で見た。


「武器を捨てて、私と一緒に城外へ」


 裂かれるような音がするのは、ボイオス名物の北風の兆しが葉を落とした木々の枝をふきぬけるからだ。


「どうやって出るつもりだ? 尾根道も抑えられ、我々は袋のネズミだ」

「この風、矢は流れます」

「確かに」

「私を盾にしてください」


 ロフォスがキュロスの肩に手をかけた。


「それは俺の役目だ」


 キュロスはそれを振り払う。


「おまえはテオドロス様にお目見えさえ出来ないではないか。ごく親しい私だからできることだ」


 彼は突然、ひざまずいた。


「父上! 父上! 私は父上に甘えたかった」

「……土産の馬車を覚えているか?」

「申し訳ないことをしました」

「アルペドンを奪うとも言った」

「若気の至りです」


 見上げるキュロスの目に涙が光った。


「お願いいたします。他の者の目のないところで、私は父上に甘えたい」


 マグヌスは迷った。

 キュロスの母マルガリタの改心を、自分は信じなかった。

 それが取り返しがつかない結果を生んだ。

 マグヌスは深いため息をついた。

 

「キュロス、お前を信じよう。いや、信じたい」


 出ていくように、とマグヌスはロフォスに目で合図した。


「おまえはアルペドンの城を望んだが、小さな家でも良いではないか、共に暮らそう。私の領民たちならば受け入れてくれよう」

「父上の御心のままに」

「そんな贅沢もできなくなるぞ」

「父上の信頼の前にはボロ切れも同じ」


 キュロスは贅沢な衣装を脱ぐ真似をした。


「では、城を出る段取りを教えてくれ。テオドロスと打ち合わせているのだろう?」


 キュロスは膝を払って立ち上がった。


「その前に、私を抱いてくれませんか? 和解の証に」

「これで良いか?」


 キュロスを抱こうと無防備に両手を広げたマグヌスに、光るものを手にしたキュロスが体当たりした。




明日も更新します。


次回、第240話 炎状剣


ついに第15章完結です。


夜8時ちょい前をどうぞお楽しみに!!


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