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第十五章 236.北風の地

 ルークは、ボイオスの実家に置かれた寝椅子で物音を聞いた。


「何が起きたんだ?」


 マグヌスと別れた後、金貨の残り全財産をロバの背に乗せて故郷に帰っていた。


(マグヌスのやつには面白い目を見せてもらったよ。当分は故郷でのんびりしよう)


 居候に冷たい目を向けた兄嫁には、金貨をひとつかみ握らせてみせる。

 一生に一度見るかどうかの財産に、彼女は腰を抜かしてルークの滞在を快諾した。


 その矢先のことだった。

 ルークの兄が戸口で怒鳴った。


「マッサリア軍が来たぞ! 女子どもは山へ避難!」


 彼は、ルークより少し背は低く、日々の農作業で鍛えられたがっしりした身体をしている。


「マッサリア軍が?」


 ルークの頭には、まだ懸命に南方進出を試みていたマッサリアの姿しかない。


「おまえも武装を」

「心得た」


 亡父の鎧を(ひつ)から取り出す。


「俺の金貨を軍資金に使ってくれ」

「ありがたいが、敵の重装歩兵は商業施設(エンポリオン)の広場を占領した。金よりそっちの対策が急務だ」


(なるほど分かりやすい攻め方だ。だが気に入らねえ)


 ルークは心中で軽蔑した。生活必需品の流れをせき止めてしまえば、ボイオスの民はマッサリア軍が隊列を組むエンポリオンに出ざるを得ないので、必勝と言っていい。

 しかし、それはあくまでマッサリアの考えで、ボイオスの民は急峻な山中にいくらでも逃げ込める。

 重装歩兵が重い盾を持って山によじ登ってくれば、投石の餌食だ。


(待てよ、兵糧攻めで足腰が盤石でないとなると話は変わってくる)


 頑強な足腰を持つルークは首をひねった。


「山に行かなくなった年寄りなどの足弱が逃げるのに時がかかる」


 少し考えて、彼は膝を打った。


「城にこもって気を引こう」

「うむ。あそこならば」


 村から少し離れた小山の上にその城はあった。 


 三方は切り立った深い崖、残る一方も空堀に守られている。


 空堀も斜面には鋭い棘を持った野バラが生え、登るのは困難、わずか一本の細い橋が城と人々が暮らす狭い平地を結ぶ。


「城へ入るぞ! 手の空いている者は一緒に来い」


 山へ逃げる者たちに逆行しながら、ルークが呼びかけた。

 立ち止まる者、数名。


「食糧と水は?」

「井戸はある、食糧も備蓄がいくらか」

「よし、武器だけ持って来い、おまえも、おまえも」





 整列したメラニコスの軍は、広場から会議場に繋がる道を進軍し始めた。

 五千人のはずが、半分にも満たない。

 残り半分はボイオス軍に岩を落とされて潰された、細いアンカティ道で動けなくなっている。


「おーい、どこへ行くつもりだ!」

「敵はこっちだ、馬鹿者ども!」


 城へ向かうルークたちボイオス兵が、さんざんにマッサリア軍に悪罵を投げつけて引き止めた。


 挑発を受けたメラニコスたちは攻める方向を変え、思惑通り城に向かって来る。


「ボイオスにも城がありましたか?」

「五百人、一緒に来い。あの小城を落とす」


 そんな声が聞こえる。

 残りは議場に向かう様子だ。


 城は二階建てで中庭がある。

 その真ん中に大地を穿って深い井戸が掘られ、縦穴に沿って螺旋階段があった。


「水は大丈夫!」


 螺旋階段を底まで降りた兵が報告した。


「よしっ!」


 その間にメラニコス以下五百名が城の周囲を取り囲んだ。

 

「何だ、空堀じゃないか。押し渡れ」


 ワイワイと十人ばかりが堀に滑り降りて、同時に悲鳴を上げた。


「これは何だ」

「俺の腕にも何か刺さった!」

「痛たたっ」


 野バラの強い棘に身動きできなくなったところを、ルークたちは狙い撃ちに矢を浴びせた。

 堀を登って逃げようとすれば、絶好の的になる。


「これは安易に攻められん」


 メラニコスが、兵を引いた。


 灰色の石造りの城に、黒い旗がなびく。ボイオスの旗だ。


「小癪な奴らめ」


 会議場はもぬけの殻だったと報告が入った。

 手近な民家の戸を破って押し入ってもやはり空である。


「逃げ足ばかりは速い」


 ボイオスは高地で気温は低いが日差しは強い。肌を焼く日光はマッサリア兵を苛立たせた。


「戦争捕虜の一人も奪えんのか」


 テトスに大言した手前、良き奴隷は確保したかった。


「そうだ、水晶の宝庫は無いか? 商業施設の周りを探せ」

「待て、この城を落とすのが先だ」


 兵の言葉に、メラニコスは残忍な笑みを浮かべた。


「火玉を持て。焼き尽くしてくれるわ」


 特殊な油を満たした丸い陶器が、投擲具で城めがけて放られる。


 城の石壁を舐める炎に、ボイオス兵は驚いた。


「火を消せ!」

「水を!」


 数名が井戸に走った。


 だが、ルークは落ち着き払って「土をかけろ」と指示した。


「あれは水では消えぬ火、マッサリア軍の秘密兵器だ」

「水をかけてはいけないのか?」

「やってみろ、火勢は強まるばかりだ」


 ボイオス兵が土をかけているのを見て、メラニコスは歯噛みした。


「火玉の対処法を知っているやつがいる!」


 彼は城の上層を狙わせたが、石壁の表面が黒く染まっただけで戦果は得られなかった。


「火玉も効かず、メラニコスめ、焦っているな」


 黒い鎧が見えなくなったため、ルークは緊張を解いた。 


 その兄が言う。


「冬になれば、連中はここの寒さに耐えられない」


 雪は少ないが物皆凍てつくボイオスの冬。


「それまで城の食糧は保つか。準備がないまま籠城しても窮するばかりだ」

「降伏するというのか?」

「いや、なんとかして山に逃げる」


 食糧の懸念はマッサリア軍も同様だった。


「このままでは飢える」


 メラニコスは焦った。

 隊列の後方にいた荷駄隊が到着していない。

 崖崩れで道がなくなった件は詳細に報告されている。

 現在、懸命に道を補修しているが、いつまでかかるか。

 






 王都では、いつまで経ってもボイオス制圧の報告が上がらないことに、テオドロスがいらだった。


 テトスが、意を決して、


「テオドロス様、このような事態を収拾するのに長けたものがおります」

「誰だ」

「マグヌスです」


 テオドロスは露骨に嫌な顔をした。


(王たるもの軽々に心中を明かすものではない)


 ぐっとこらえて、


「仇敵の間柄のアルペドンを良く治めた実績があります」


 テオドロスは王座の肘掛けをトントンと叩いた。


「分かった。マグヌスを呼べ」



明日も更新します。


次回、第237話 難攻不落


夜8時ちょい前をお楽しみに!!

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