第十五章 233.密談
アルペドンを追放された、マグヌスとは血のつながらぬ息子キュロスは、宰相ゴルギアスの知人であるマッサリアの大地主に身柄を預けられていた。
彼は「夜の女神の呪いを受けた子」と呼ばれるのに我慢がならなかった。
そこで、大地主に頼んで、国で一番大きい祖霊神の神殿に、本当に呪われているのかうかがいを立ててみた。
禁じられた魔術を使った神官はマグヌスが定め通りに罰を与え、自分は呪いから解放されたはずだと信じていたのである。
大枚はたいた神託は問いには答えず、
「この者に城を与えよ」
との一言で、キュロスは驚喜した。
元の問いを忘れ、
(やはりアルペドンの城は自分のものになるのだ)
と、信じた。
キュロスは、もう一度大地主に頼みこんで、マッサリア王テオドロスと面会の段取りをつけてもらった。
年も違わず、ともに高貴な血を引くと信じる者同士、面会すれば話ははずんだ。
「そうですか、王の世話係はアルペドンの元王妃でしたか」
「おまえは王女マルガリタの子か、遠からぬ縁を感じる」
幼い時に祖母にあたる元王妃に抱かれたことはあるのだが、キュロスは覚えていない。
記憶にない祖母がマッサリアの王を育てたのだと思うと感無量である。
「残念ながら、先年、ふとした風邪がもとで死んでしまったが、王としての誇りを教えてもらった」
「王となられた現在、いかがお感じですか?」
テオドロスは唇をぐいと曲げた。
「王の権威に挑戦しようという者が意外と多いな。執政官、古い考えに凝り固まった将軍たち、そして、あのマグヌス」
その名にキュロスは反応した。
「マグヌスは自分にとっては仇敵です」
「ふうん?」
「実の父オレイカルコスも、その父母も彼に殺され、母は……マグヌスに冷遇されて自死を選びました」
「話が見えぬのだが……そなたの母とマグヌスはどういう関係だ?」
キュロスはぎゅっと目を閉じた。
「アルペドンの王女であった母は、槍先で奪われた者としてマグヌスに与えられました」
「なるほど。それで、オレイカルコスとは密通したのか」
テオドロスの言葉は痛かった。
痛みを抱えつつも、マグヌスという共通の敵を持つ権力者テオドロスに出会えた幸運を神々に感謝した。
「世が世なら、自分はアルペドンの国王であっても不思議はないのですが、マグヌスに追放されて流浪の身でございます」
「哀れよな……マグヌスを恨むのも無理はない」
キュロスに同情したテオドロスは、立場にふさわしくない軽率な約束をした。
「マグヌスを排除できれば、おまえに城をやろう」
「本当ですか!」
「ただ、マグヌスが東帝国軍四万を葬った事実は消えない。マッサリア人には人気が高い」
「アルペドン人にもです。賭け事の娯楽などを提供して人気取りを」
「うむ。あやつは巧妙だ」
息子のこの会話をルルディが聞いたら驚いたに違いない。
あの戦勝の歓喜をよそに、自分の頼みを聞いて、息子のために王位を拒んだマグヌスを悪しざまに罵るのを耳にしたら、きっとたしなめただろう。
「テオドラ様を東帝国に嫁がせたのは良いご判断でした。マグヌスはひどくかわいがっておりましたので」
「掌中の珠を奪う、か」
「まさしく」
テオドロスは、調子に乗って続けた。
「口うるさい老害は排除しよう。これからは我らの時代。キュロス、そなたはたびたびこちらに来るように」
上機嫌でそう言うと、銀貨十枚をキュロスに渡した。
銀貨の表面は、テオドロスの顔に変わっていた。
キュロスは、手の舞い足の踏むところを知らぬ有り様だった。
これまで下手に出ていた大地主にも、
「城持ちになる身ぞ」
と、自慢し始めた。
「キュロス様、あなたのお血筋は良いとはいえ、まだ何も成されてはいません。こちらの区にお名前を登録いたしますので、まずは従軍から。あなた様ならすぐにでも百人隊長に取り立てられるでしょう」
大地主は苦言混じりのおべっかを使う。
キュロスの耳は都合のよいところだけを拾った。
「それもいいな。自分はあの『クマ殺しのルーク』に師事した身。腕におぼえはある」
やっと出ていってくれるかと、大地主が安心したのにも気付いていない。
かつて、マグヌスが広く市民権を与える方針に切り替えていたため、キュロスは、追放中の外国人であるにもかかわらずマッサリアに所属する区民として登録され、月に五回の訓練に招集されるようになった。
「一人前に家を持ちませんと」
小綺麗な家と二人の奴隷を与えられ、キュロスは厄介払いになった。
「ゴルギアスに礼を言っておいてくれ」
言い捨てて出ていく。
子どもならともかく、キュロスは立派な大人である。
「これからは自分の才覚で生きていく」
キュロスは訓練場で、張り切って訓練に臨んだ。
武装はゴルギアスが揃えてくれたものがある。
「新入り、来い!」
しばらく身体を動かしていないのを、キュロスは忘れていた。
歴戦の強者に正面から戦いを挑み、たちまち剣を叩き落されて膝をついた。
「くそっ、思うようにならない」
彼は一度で訓練を諦めた。
ルークが、彼の剣の素養に欠けることを見抜いていたが、運動不足がそれに輪をかけた。
キュロスはいっそうの訓練が必要なところを、家にこもって怠惰に過ごした。
時々テオドロスの話し相手になれば、小遣いがもらえ暮らしには困らなかった。
暇にあかして有名な歌い手なども呼び、その身辺警護を務める男とも仲良くなって、余計な遊びを覚えた。
その男の名は、クリュボスと聞いた。
明日も更新します。
次回、第234話 左遷
夜8時ちょい前をお楽しみに!!




