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第十五章 230.諫言

 秋深く、多くの兵士を入植させてゲナイオスたちは帰ってきた。


 てっきり南征の成功を祝ってもらえると思っていたら、テオドロス王から「甘い」と叱責があった。


 ゲナイオスは目を白黒させた。


 船団を率いたドラゴニアにも、火玉を用いてエンコリオスの固い陣を破ったメラニコスにも褒める言葉は無い。


 騎兵隊のヨハネスは、馬を気遣って直接アルペドンに帰ったため、不快な目に遭わずに済んだ。


「皆、力を尽くし、植民に成功したのです。テオドロス様、せめてねぎらいを」


 エウゲネスならそうしただろうとテトスが言葉を添えるが、テオドロスはうるさがっただけだった。


「マグヌスめ、さっさと逃げおって」


 ゲナイオスが吐き捨てる。

 艦隊が帰途についたとの報告と同時に、マグヌスはアルペドンへ引き上げていた。


「そういえば、マグヌスがナイロのメランを心配していたが……」

「そのまま解放しました。なんと、彼女の弟子が東帝国の中枢にいるとのこと、テオドラ様のおかげで和平が成立したばかりの東帝国を刺激するのは避けました」

「賢明な判断」


 テトスの言葉にゲナイオスが腕を組んだ。


「女学者一人とっても、南国では思うに任せぬことが起きる。何も知らないで叱責するとは」

「テオドロス様は自分で勝利をつかみたかったのだ」


 テトスが将軍たちを慰める。


「どうせ、木陰で涼んでいたのでしょう」


 ドラゴニアが、戦いに出なかった者を揶揄するお決まりの文句を口にする。


「王はまだお若い。三度目の南征も計画しておられる」

「それで指揮官気取りだと、全滅しますぞ。エウゲネス様を失った痛手は大きい」


 手に火傷を負ったメラニコスが苦情を申し立てる。


「分かっている。分かっているのだ」


 テトスを責めても仕方がない。


「父に頼んで、戦場を離れたテオドロスを評議会で罪に問うてみましょうか」


 ドラゴニアは本気で腹を立てているようだ。

 自分の働きが評価されないだけでなく、夫のゲナイオスが叱責までされたのだから当然である。


「分かった。明日、評議会に戦果を報告したあと、自分の屋敷に来い。偉大な王を称えつつ、大いに飲もう」


 テトスが提案した。


「ヨハネスは良いのですか?」

「アルペドン組は除外だ」


 将軍たちは笑った。

 ドラゴニアも、ゲナイオスと結婚した今、マグヌスに出席を強制する意味は無い。


「ウサを晴らすぞ」

「南征成功を祝おう」


 エウゲネス王の時代は一体だった将軍たちと王の間に入った亀裂が、埋まるか深くなるか、この時点では誰にも分からなかった。


 




 評議会では、ゲナイオスたちの働きが高く評価され「植民市の父母」との名誉称号が贈られた。

 

 他方、竜将ドラゴニアの父、議長リュシマコスから、持ち場を離れた罪で、テオドロス、クサントス、テトスを弾劾するかどうかが提案されたが、反対多数で弾劾しないことになった。


 王位の継承は重大であり、優勢な戦場において一時持ち場を離れても問題はあるまいというのが大方の見方だった。


 評議会が昼までに終わって、娘ドラゴニアの愚痴を一通り聞いて宴席に送り出したあと、リュシマコスは、不安にさいなまれていた。


 テオドロスはエウゲネスの長男であり、王の持つ宝剣を帯びて帰国した。

 空位を避けるためというテオドロスの主張に一度は納得したものの、将軍たちからは「持ち場を放棄した」とみなされている。


 実際、テオドロスは王位を得ても戦場に戻ろうとはしなかった。


「初陣だから戦場の不便や危険に慣れぬのは仕方ない」


 リュシマコスは、自分が経験した幾多の戦場を思い返した。


「エウゲネス様にはピュトンが付いていた」


 だが、それを言うならテオドロスには智将テトスという手本がいる。

 卑怯、老獪のそしりを免れぬピュトンよりよほどマシではないか。


 もしや、評議会は王に値しない者を選んでしまったのではないか。

 それを確かめるために、やはり一度評議会で糾弾し、王にふさわしい資質であるかどうか、確かめておいたほうが良かったのではないか。


 不遇の時代のマグヌスを見出したように、ドラゴニアの人を見る目は確かである。

 その彼女がはばからず現王テオドロスを(ののし)る。


「……まだ、結論を出すには早い」


 王権を掣肘(せいちゅう)する執政官(アルコン)もいれば、評議会もある。

 いざとなれば人気の高いマグヌスにでも、実績のあるゲナイオスにでも、最悪評価の定まっていないクサントスにでも王権を移すことはできる。


「もう少し様子を見よう」


 リュシマコスは、不安を押し殺した。


 彼の娘ドラゴニアは、他の将軍たちと酒を酌み交わしていた。


 軍事機密も交じることゆえ、商売女(ヘタイラ)や酌をする美少年、警句を吐く哲学者はいない。


「騎兵隊の馬はかわいそうだったな」

「弱った馬を連れ帰ったヨハネスがテオドロス王に挨拶をしなかったのもよく分かる」


 ヨハネスは、一部の暑さをものともしなかった馬に目印を付け、アルペドンの牧場に送り込んで馬匹改良の新たな目標にしようとしていた。


「ラクダを乗りこなせればなぁ」

(わたくし)は、あんなものに乗りたくありません」

「だが、けっこう速かったぞ。弓兵が混乱していた」

「あれ以上時間をかけていれば、どこかの国から戦象部隊が派遣されたかも知れん」


 かつて象と戦った恐怖が蘇り、一瞬、沈黙が訪れる。

 ドラゴニアがそれを破った。


「三度目の南征、あるでしょうか?」

「テオドロス王はやりたそうな口ぶりだったが、どこまで本気か……マグヌスはいつも反対だし」


 テトスが歯切れの悪い物言いをする。


「評議会が黙っていまい。それを無視するようなら、マッサリア史に残る暗君」


 諸王の一族の筆頭、ゲナイオスが言い切った。





明日も更新します。


次回、第231話 花の便り


夜8時ちょい前をどうぞお楽しみに!!

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