第一章 23.銀の粒を追って
翌朝、マグヌスはテトスのもとを訪れた。
「お、マグヌス、着替えたのか?」
「……少々理由がありまして。それよりテトス、進展がありました」
マグヌスはまず、クリュボスが持っていた銀の粒について話をした。
「クリュボスの母親に確認しましたので、間違いはありません。貨幣価値が無くともゲランス王国にある故郷の思い出を大事に身に着けていたのでしょう」
また、クリュボスが消息を絶った娼館ペダルタが、小ゲランスの中でも特殊な立場であることも、包み隠さず話した。
「そうか。治安維持のためにも、いずれ小ゲランスには一度手を入れておかねばならないな。ゲランス本国とつながりがあるのでは放ってはおけない」
「そちらはお任せします。私は引き続き銀の粒の方を」
「よし。ゲランスで銀が採れたと聞いたことはあるな……」
「ところで、頼みがあるのですが」
「何だ?」
「あなたの部下で腕におぼえのある正規の兵士を、五人ほど貸してもらえませんでしょうか?」
「何に使うのだ?」
「一歩先にペダルタの捜索をしておきたいのです。あの店には何かある」
「ふうむ。例の喧嘩の後、一度捜索はしているんだがな」
「あそこでクリュボスの足跡は途切れています。私の目で確かめたく」
「良いだろう。連れていけ」
テトスの許しを得て、マグヌスは選ばれた兵士たち五人に命じた。
「殺されたのが本当にクリュボスかどうか、どこでどう袋だたきにされたのか、喧嘩の跡を探すこと。それから、こちらのほうが大事なのだけれど、ペダルタの構造をしっかり頭に入れてくれ」
喧嘩の跡はいいが、なんで娼館の構造なんかをと、兵士たちは顔を見合わせた。
「一部屋に一人ずつ女がいて、客の相手をする。そんな部屋がつながって内部は迷路のようになっている。迷子にならないようにしっかり覚えてほしい」
「わかりました」
兵は当惑気味だが、マグヌスは真剣だ。
「危険な仕事ではない。ただしっかり見ておいてくれ」
この仕事は兵士たちに託すしかない。河で溺れたことになっているマグヌスは顔を出せない。
命令を受けた兵士たちは徹底的にペダルタの店員に聞き込みをし、どの部屋で何があったかを問い詰め、関係無いと言われる部屋まですべて改めた。
「ひどいことをしなさる。我らは真っ当に商売をして、在留外人に割り当てられた税もきちんと払っているのに、また捜索ですか」
ペダルタの主人が苦情を申し立てる。
「兵士が一人殺されたかもしれないのだ。我々としても必要なことはやらなければならん」
だが、その結果は……完全な空振りだった。
喧嘩の起きた経緯は誰も知らないし、証拠も前の押収物以外には見つからなかった。
「マグヌス、見立ては外れたな」
報告するとテトスが笑った。
「いえ、まだ外れたと決まったわけではありません」
「強がりを言うな」
テトスは顎をなでた。
「手掛かりは、銀の粒だけか」
「クリュボスには母親がいて、銀についても多少知識があるようなので、明日、同道して彼女の故郷を探ってみます」
「うむ。頼んだぞ。俺は、王の帰還の準備でそれどころではない」
「そうでしたね。滞りなく済めばよいのですが」
テトスは両手を打ち鳴らした。
「この城もにぎやかになるぞ。王は、帰国の勢いを借りてゲランスをつぶそうとなさっている」
「待ってください、銀の謎が解けるまでは」
「何だ、まだわからないことがあるのか?」
「あなたを襲った刺客、ゲランスの者でしたよね」
「うむ」
「口を割りましたか?」
「いや、まだだ」
男は沈黙を守ったまま、地下牢につながれている。
「そうですか。銀の鉱脈は、あのクリュボスの母親に聞いた限りでは、どうも、ゲランスからマッサリア側に続いているらしい」
「あの辺りは国境がはっきりしていないからな……。ゲランスが、マッサリア側まで自分のものにしようとしてもおかしくはない」
マグヌスはマッサリアの地図を取り出して見せた。
国境は変わっているが、地形は変わっていない。
「この川沿いが怪しいと思われます」
「お前、鉱脈の知恵も持っているのか?」
「ナイロから遠からぬところにも銀山がありましてね。一度見学したことがあるのです」
「ほう、ナイロは金で有名だが、銀山もあったのか」
「はい。それから、東の帝国も金で有名ですね」
もし大量の銀を手にすることができると……マグヌスには思うことがあったが、まだ形にもならぬこと、余計な詮索はするまいと黙っていた。
「では、申し訳ありませんが、私は明日、クリュボスの母親を連れて彼女の故郷を訪ねてみます」
「わかった、わかった。王の帰還の準備はすべて俺に任せるということだな」
テトスは、さっさと行けと手を振った。
「私の部下は見苦しくないように西の館にでも入れて置きます」
「すまんな。お前の騎兵隊の活躍を王に報告したいのだが……」
「整列すれば半分になってしまいますからね」
「鐙のこと、馬鹿にしてすまなかったな」
「いえ、あれも万能ではないので」
二人の脳裏に、足に鐙を絡ませた騎兵隊長カイの無残な死に様が浮かんだ。
「改良したいと思っています」
「期待している。明日の山登りもな。行って来い」




