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第十五章 228.テオドロス

 死者と神々に奉納される徒競走が、済んだ。

 完全武装して行われたそれは、意外に体力を消耗し、戦慣れしていないテオドロスやクサントスではなく、ゲナイオスが勝利した。


 優勝者にはオリーブの冠が与えられ、兜を脱いだゲナイオスが膝をついて小柄な神官から頭にかぶせてもらった。


 これで葬儀は一段落したとして、テトスは当然、エウゲネスの死去をマグヌスに伝えようとした。

 だが。


「待て、父の死をマグヌスには知らせるな」

「どういうことだ?」

「自分自身が帰国して、市民たちに告げる」


 テオドロスには焦りがあった。


 エウゲネスの死を受けて、経験不足の自分ではなくマグヌスが王に迎えられるかもしれない。


「一刻も早く帰国して王位を受け継がねば」


「マグヌスにそんな野心があるなら、俺の肩の上で宣言していただろうよ」


ゲナイオスが嘲笑った。


「厄介なことに、今はマグヌスにも王位継承権がある。アルペドンに引っ込んでいても彼の人気は高い」


 テトスが公平に見れば、テオドロスの焦りももっともということになる。


「ゲナイオス、悪いが、ここに残って植民者たちの指揮を取ってくれ。私はテオドロス様と共に一度本国に帰る」

「テトス、おまえはテオドロスを王に据える気か?」

「自分では役割を果たせないというのか!?」


 気色ばむテオドロスを、ゲナイオスは鼻で笑った。


「良いだろう。テオドロス、王になれ。なれるものならな」


 言い捨てると、ゲナイオスはヨハネスの肩を叩き、三日後に迫った停戦明けの戦闘準備に取り掛かった。


 ゲナイオスは諸王の一族であり、彼もまた評議会に選定されれば王になれる。

 その彼の言葉だ。テオドロスが素直に聞く気にはなれないのはもっともとテトスは思った。


 テトスは身の回りの品を集め、それを負わせる兵士を一人選んだ。

 エウゲネス王の遺骨を運ぶ兵士も指名した。


 テオドロスとクサントスも、あわてて真似をする。


「帰りの船をドラゴニアに見繕ってもらおう」


 彼女は船団を守り、エウゲネス王の葬儀には参列しなかった。


「偉大なる王に安らかな眠りを」


 毎朝、海上から旧植民市の方角へ頭を垂れた。船に留まった兵士たち全員が同じように祈った。

 動揺はあっても船団は規律正しく運営されている。


「ドラゴニアがこの内輪もめを聞いたらどんなに呆れるか」


 テトスは恥じた。

 しかし、船を出してもらうには事情を話さないわけにはいかない。


 ドラゴニアは、話を聞くとすぐに船足の速い三段櫂船を三隻選んだ。


「帰りの分のパンと水は、途中で調達してください」


 心なしか、彼女の口ぶりは冷たい。

 自分の王位継承を優先して戦場の持ち場を離れる者は尊敬できないとでも言いたげだ。


 その女将軍に礼を言うことも忘れて、テオドロスとクサントスは船に乗り込む。


 テトスが続こうとするのを、彼女は腕をつかんで引き止めた。


「本気ですか?」

「それを確かめるために戻るのだ」


 ドラゴニアは、テトスにははっきりと嫌な顔をしてみせた。


「敵と戦っている今、マグヌスが選ばれれば良いのだけれど」

「すべては評議会次第」


 テトスは話を打ち切った。


 彼も内心マグヌスかゲナイオスが妥当だと考えていた。


(しかし、あのマグヌスが王冠を受けるか?)


 執政官の座さえ放りだした欲の無さである。


(それに、ここまでテオドロスが勝利よりも王座を優先するのはなぜだ)

 

 いったんマグヌスが王位についても、彼のことだ、南征が終わればためらいなく王座を明け渡すだろう。


(その読みができないのか?)


 エウゲネス王の血を引く王子とはいえ、とんでもない暗君になりそうな気がして、テトスは狭い三段櫂船の船尾に陣取ったテオドロスをじっと見つめた。

 



 急に連絡が入らなくなったのを、マッサリア王都のマグヌスは(いぶか)しんだ。


「何か起きたな」


 だが、まさか義兄(エウゲネス)の死去とは思いもしなかった。


「連絡が来ているなら知らせて」

「来ておりません。しばしお待ちを」


 ルルディからの再三の求めにも、同じ返答をするばかりだった。


 虚しく待ち続けているところへ、


「やはり王都の空気は良い」

「兄上、まさしく」


 静謐(せいひつ)な空気を乱して、王子たちが帰着した。


「お二人とも、どうなさったのですか!?」


 迎えに出たマグヌスが驚きを隠さず尋ねる。


「エウゲネス王は亡くなられた」


 遺骨の入った壺を差し出し、テトスが言う。


「まさか、義兄上(あにうえ)!」


 マグヌスは受け取ったものの半信半疑である。

 

「戦死なさったのですか」

「いや、眠っている間にグダル神のもとへ逝かれた」

「では、安らかな死の訪れ……」

「先日の日食は、これを指していたのであろうよ」


 南国では、より大きく太陽は欠けていた。


「天体が人の運命を示したと」


 軽く小さくなったエウゲネス王。

 マグヌスは抱きしめる。


(お話ししておけばと思うことばかり……)


 彼は顔を上げた。


「……ルルディ様には、なんと」

「母には自分が伝える」


 テオドロスが、骨壺をマグヌスの腕からもぎ取った。


「私も行こう」

「テトス、お願いします」


 そう言ってマグヌスは顔を覆った。

 人は死すべきものとは知りながら、なんとあっけないものか。


(生きていらっしゃる間に疑いを解きたかった)

 

 思えばマルガリタの心を理解しないまま死なせてしまった。

 義兄は自分を誤解したまま世を去った。


(人の身に限りある悲しさ。しかし、私もいずれそちらに参ります。誤解はその時解きましょう)


 王宮に悲鳴と泣き声が響いた。

 ルルディが知ったのである。

 

 間もなく王都は慟哭と哀惜の声に満たされた。






明日も更新します。


次回、第229話 今一度の南征


夜8時ちょい前をどうぞお楽しみに!!

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