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第十五章 226.安否

 ルルディは、一人、マッサリアの王宮で気をもんでいた。


 娘は東帝国に嫁ぎ、夫と息子二人は戦場に出てしまった。


「皆、無事かしら」


 帝国暦二四五年の夏が過ぎようとしている。


「寂しい」


 王国の留守を預かったマグヌスが居るには居るが、エウゲネス王の悋気(りんき)を考えれば、寂しいからと会うことははばかられた。


「本格的な戦闘になることなく、ナイロを落としたそうです」


 マグヌスは、連絡だけはまめにくれる。


「引き続き、旧植民市へ向けて進軍中」


 そう言えばと、ルルディは頭をかしげる。


(南国にはマグヌスに縁のある人がたくさんいたはず)


 そこが征服されているという報告を、マグヌスはどんな気持ちで受けているのだろう。


「ナイロのメランが抗戦を呼びかけ、全土が蜂起」


 夫は、息子たちは無事だろうか。


「ルルディ様、私の夫がお側に付いておりますれば」


 智将テトスの妻メリッサが、イチジクを手にルルディを見舞った。


「前回の南征では同行できませんでしたが、今回はお力になれます」

「ありがとう。私は心配で……」


 メリッサは微笑んでみせた。


「戦うのは男たちの宿命のようなもの。私は諦めております」


 智将テトスは、敵から寝返って取り立てられた人物だ。東帝国の侵攻の折にはエウゲネスと共に行方不明になり、帰ってきた夫を見て幽霊だと思った。

 それでもメリッサは添い遂げてきた。


「息子はおりませんので、そこのお気持ちは分からず、申し訳ないのですが」


 メリッサの言う通り、二人の間に子はいない。

 テトスの後を継ぐのは庶子の一人と区に届けられている。


「二人とも連れて行かなくても良かったのに」

「戦いの場数を踏ませようとの親心、エウゲネス様のお側での従軍ならば、危険は少のうございましょう」


 ルルディは眉をひそめた。


「夫も、身体の自由が利かないのに」

「それでもエウゲネス様がいらっしゃると心強いと、皆が申しております」


 ルルディは、(かご)のイチジクに手を伸ばした。メリッサが選り抜いたのだろう、どれも大きくよく熟れている。

 

 食欲が無く、朝は何も口にしなかったが昼前のこの時間、さすがにお腹が空いていた。


「お昼には少し早いけど」

「時が細かく変わる帝国暦には慣れませんね」

「年も月も変わってしまって……テオドラが嫁ぐのに必要だったから仕方なく受け入れたけれど」


 二人には、暦の統一の重要性が分かっていない。


 体面を重んじた神官たちは当初反対したが、天体測定にかかわる暦官たちはむしろ新しい知識を喜び、積極的に導入に貢献した。

 

 精密な帝国暦を採用することにより、(しょく)の予報の精度も上がり、明日は小さな日食が起きると予報されているが、当たるだろうか。


「旧植民市を占領したエンコリオスとその同盟者に苦戦中」


 マグヌスから簡潔な事実が送られてきた。


「まあ、凶報までルルディ様に伝えなくても」

「いえ、マグヌスなりの誠意なのです」


 ルルディはイチジクを口に含んだ。

 噛むとプツプツと種が弾けて心地良い。


「美味しい」

「喜んでいただいてよろしゅうございました」

「マグヌスの息子も、追放されていなければ出征していても良い年頃のはず」

「そうでしたね。キュロス様、でしたか」


 マグヌスにはこの醜聞(スキャンダル)を隠すつもりはなく、アルペドンを追われたキュロスがマッサリアの富豪のもとに身を寄せていることまで知られていた。


「さほど歳の違わないクサントス様が戦われているのに、自分の息子は安全なところに……」

「止めて。マグヌスは息子を追放してすでに失っているの」

「……言葉が過ぎました」

「苦戦中……」


 日の光を遮る矢の雨。

 耳を聾する軍馬のいななき。

 重装歩兵の輝く盾と鎧。

 飛び交う槍。

 怒号。


 かつて王都が包囲された時に、ルルディは守備兵を鼓舞した。あれは苦しい戦だった。


「苦戦中とは……」


 メリッサも沈黙した。


 マグヌスに詳しい報告を求めても良いかもしれないが、また疑われるのはつらい。

 彼への想いは、メリッサにも知られたくない。


「マグヌスのことです、敗北したならそう伝えるでしょう」

「そうですね。簡単に勝てる戦いはございません」


 メリッサは、励ますようにルルディを抱擁して去っていった。


 翌日、予報通り、中天の太陽が欠けた。


「おお、帝国暦の示すとおりに!」

「神々の定め給うことを知る知恵を、東帝国は持っていたのか!」


 市民たちはどよめいた。


「こういう場合、どの神に生贄を捧げるべきなのか? 知恵の神か? 太陽神か?」

「いっそ祖霊神に」


 神殿は、あまりに見事な的中に、明確な指針を出すことができなかった。


 ルルディは、的中の歓声をよそに、欠けた太陽を仰いで不安な気持ちを抑えきれなかった。


(何か悪いことが南征軍に起きるのではないかしら?)


 耐えきれず、マグヌスにどうしたら良いかを問い合わせると、


「的中は喜ばしいこと。ただご不安なら神々に捧げ物をしてお祈りください」


 と、他人行儀な返事が返ってきた。

 

 二人の仲を疑う者は数知れず。

 この返事も仕方のないこと。


「どうか不吉なことが起きませんように」


 ルルディは、昔のしきたり通り太陽神に供物を捧げて祈った。





明日も更新します。


次回、第227話 静かな眠り


夜8時ちょい前をどうぞお楽しみに!!

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