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第十四章 221.別れ

 ロフォスはマグヌスから直々に命令を受けてテオドラたちをマッサリアに送った。

 すでに十人の部下を持つ小隊長としての風格が備わっていた。


 テオドラをマッサリアに護衛しながら、そのロフォスが嘆く。


「皇帝とじゃ勝負にならない」

「ごめんなさい。ロフォス、諦めて。私が嫁げば、東帝国とマッサリア王国に橋がかかる。丈夫な橋が」


 マッサリアからは、当然マッサリア軍の護衛が付く。ロフォスに出る幕はない。


「マッサリア軍におまえを渡したら、俺たちは帰らなきゃならない」

「きっとまた会えるわ。女の勘は当たるのよ」

「よせやい。巫女でもあるまいに」


 護衛が王都に入るのは拒絶された。

 テオドラと女たちだけが門をくぐる。


 二度と会えない世界の果てへ、想い人は去ってゆく。

 ロフォスはたくましい腕で乱暴に涙を拭った。


「この空き地に幕屋を建てるぞ! テオドラ様が東帝国へ出発なさるまで気を抜くな!」


 王宮ではルルディがテオドラたちを迎えた。

 彼女の面差しに年月がしわを与えたが、それを差し引いてもなお、ルルディは美しい。


 テオドラは、十七歳になっていた。

 東帝国までの長い道のりの間に、十八歳になる。


「母上、お久しゅう存じます」

「テオドラや……夫がお前を娘と認めてくれたのは嬉しいけれど、異国に送り出すためとは……」

「父上や兄上にもお会いできますか? 自分の口で別れを告げたいのです」


 ルルディはもう何も言えなかった。

 それだけテオドラの決意は固かった。


 自分がエウゲネス王に嫁いだ時には、マグヌスを忘れ切れずに迷っていたというのに、この娘は……。


「ええ、特別に家族が集まって茶を飲みますよ。その時に十分に別れを言いなさい」

「ありがとうございます」


 軽い昼食を摂ってしばらく後に、二人はエウゲネス王に呼ばれた。


 特別に(あつら)えられた輿(こし)から椅子に移ったエウゲネス王、長男テオドロス、次男クサントス、そしてルルディとテオドラが、一室に集まった。

 テオドラの着物(キトン)はくるぶし丈に直されている。


 香りの良い草葉を煮出したお茶は確かに美味しかったが、テオドラはあまり口をつけなかった。

 ルルディは、昔マグヌスに森の中で淹れてもらったお茶を思い出した。遥かに芳醇な風味を持つあのお茶とは比べようもない。


「テオドラや、口に合いませんか?」

「……いいえ」


 しばらく沈黙が続いたあと、エウゲネス王が口を開いた。


「テオドラ、義弟(マグヌス)のもとではずいぶん自由に過ごしてきたらしいな」

「例えば乗馬でしょうか?」


 テオドラは臆さず、初対面の実父に答えた。

 エウゲネス王は少しむっとした顔をする。


「そうだ。女の務めは果たせるのか?」

「糸紡ぎと機織りでしたら人並みに。その他のことは相手あってのことですので、答えられません」

「テオドラや、口ごたえはお止めなさい」

「これが口ごたえになるのですか? 母上」


 テオドロスが、トンとカップを卓に置いた。


「テオドラ、先日王族と認められたばかりの身で、言葉が過ぎる」


 テオドラは唇を結んだ。

 ここでは彼女は余所者(よそもの)なのだ。

 余所者として呼ばれ、駒として東帝国に送り出される。


「失礼いたしました、父上」


 ルルディは、細い息を吐く。


 エウゲネスの子どもたち、テオドロスもクサントスも気性は激しい。

 対するテオドラが、柳のように受け流す世知を心得ていることに安堵したのだ。


(……マグヌスに似ている)


 ルルディは、芯からテオドラを手放したくなかった。

 マグヌスがテオドラの中にルルディの面影を見出したように、ルルディはマグヌスの精神を見出していた。


「親子の別れが喧嘩別れではいかんな」


 エウゲネスがテオドロスをたしなめる。


「そうだ、評判の歌い手を呼んである。夕食まで一緒に聞こう」 


 夕食は別ということだ。

 テオドラとルルディはホッとした。


 呼ばれて現れたのは翠の目の女性。

 芸妓(ヘタイラ)とは違って肌の露出の少ない格好をしている。


「エウゲネス様、お客様……」

「ペトラ!」


 歌手の名を呼ぶテオドラの声にルルディは驚いた。


「まあ、テオドラ様、大きくなられて……」

「……知り合いなのか?」


 ペトラは優雅に頭を下げた。


「失礼いたしました。テオドラ様幼少のみぎり、幾度となく子守歌を歌って差し上げたもので。お赦しを」

「そうか」


 マグヌスに預けて良かったとルルディは思った。


 テオドラは、聞き慣れたペトラの歌声に包まれて微笑んでいた。


 その微笑に母ルルディが惹きつけられたのは言うまでもないが、テオドラの笑顔には、彼女に愛情の欠片も持っていなかったはずの父と兄たちまで心が揺らぐような、不思議な魅力があった。




 ところで、テオドラはイリスたちも一緒にと願っていたが、エウゲネスからなかなか許可が出なかった。


 帝国に行けるのはマッサリア生まれの侍女たちだけ。確かに容姿も物腰も非の打ち所がないが、ミソフェンガロの乙女たちはおさまらない。


「見た目だけで役に立つのかい」

「何かあったら誰が姫様を守るんだ」


 イリスは乳姉妹なのでなんとか特別に侍女の列に加わることが許された。


「今更乳が恋しい歳でもあるまい」


 乳母の同行は禁じられた。


「これじゃ、私じゃなくてイリスがさみしいわ……」


 テオドラに言われて、イリスは拳を口に押し当てて泣くのをこらえた。

 テオドラは産まれてすぐに母から引き離されているのだ。


「母様、ありがとうございました。東帝国に行っても、一生この御恩は忘れません」


 イリスは母に別れを告げた。


「このような光栄ではなく、凡庸な幸福をこそ願っていたのだけれど」


 乳母の本音が漏れる。


「母様には、東帝国の絹を送りますわ。楽しみにお待ちください」


 乳母にはイリスを最後に四人の子がいるが、イリスが出世頭だ。


「無理はしないでよ。お嬢様を大切に」

「分かってますわ」


 吉日を占って、にぎにぎしく婚礼行列は出発した。


 イリス以外の女性たち全員が、城門の外でロフォスや兵士とともにテオドラの婚礼行列を見送った。


 先頭を見てから行列が絶えるまで、丸一日かかった。

 大国となったマッサリア王国の威信をかけた行列だった。




明日も更新します。


次回、第222話 世界の注目

(ゾロ目ですね)


夜8時ちょい前をどうぞお楽しみに!!

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