表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
216/255

第十四章 216.旧植民市にて

 その日もよく晴れていた。


「集まってくれ、集まってくれ、市民たちよ」

「あのマッサリアから使者が来たそうだ」


 二日のうちに旧植民地の会議場はいっぱいになった。


「ここに集うのは誰だ!」

「我ら良き市民に他ならず!」


 呼応するどよめきを聞きつつ、地下の控室でマグヌスは落ち着いていた。


 マグヌスがここに立つのは実は初めてではない。

 女傑ソフィア率いるルテシアの多島海同盟の襲撃から植民市の市民たちを守るために、指導者ゲナイオスと議論を戦わせたのがまさにこの場だ。


 マグヌスの提案通り撤退した空の植民市に入り込んだソフィアたちは、土着の民エンコリオスたちの夜襲を受けて多大なる損害を受け、その損害は多島海海戦の帰趨を定めたと言ってもよいだろう。


 ソフィアたち多島海同盟を追い払ったエンコリオスたちは、その後この地を支配したままになっている。



 演壇に立つ数日前、マグヌスはルークをナイロに残して、一人、エンコリオスたちの支配する旧植民市まで足を伸ばし、エンコリオス本人に面会を求めていた。


 マグヌスはそこで初めてエンコリオスと直接会うことになった。


「あの撤退の発案者か」


 初老のエンコリオスの目には、夜目に明るく次々と燃えていく三段櫂船が思い出されているのだろう。


 「満足のいく勝利だった」


 マグヌスはマッサリア王の義弟と名乗り、身の証となる紋章入りの短剣も手渡して仔細に点検させた。

 真紅のルビーが輝く。

 マグヌスはビオンに協力するのもナイロへの内政干渉するのも止めて欲しいと頼んだ。


(ビオンが最高執政官になれば、美味い汁が吸えるのだろう)


 止めてくれれば彼が知る国際情勢を明かすと言った。


「では、市民たちの前で宣誓供述してくれ」


 それで(ひる)むだろうとエンコリオスは考えたのだろうが、マグヌスは喜んで同意した。


「身の安全は保障してくれますね?」

「できる限りは」


 自分は先の南征以来敵対してきたマッサリアの人間、多少の投石くらいはあるかもしれないが、それは甘んじて受けようと覚悟していた。





 かくして緊急の民会が招集され、手の空いた市民たちは大挙して会議場に押し寄せた。


 神々への感謝の念を述べ、開会の宣言の後、


「さあ話せ。ここには発言の長さに制限を加える水時計は無い」


 白いものの混じるヒゲを蓄えたエンコリオスが太い腕を組んで怒鳴った。

 会議場の私語で、そうしなければ聞き取れない。


 マグヌスは、宣誓供述者を示すオリーブの枝を手に、エンコリオスに代わって登壇した。


「南方諸都市の賢明なる市民たちに告ぐ。私はマッサリアから来たエウゲネス王の義弟マグヌス」


 数万の軍を指揮してきた彼の声はよく響く。

 会議場はすぐに静まった。


「マッサリアと東帝国は間もなく正式に和平を結ぶ運びであります。この南国でマッサリア派、東帝国派と分かれて争うことに意味は無い」


 すぐに反論が返った。


「いい加減な事を言うな! ニキアスの狗!」

「いい加減かな? そちらこそ、ビオンの言葉以外に東帝国が味方してくれる保証はあるのかな? ナイロの内政に干渉するのは止めていただきたい」


 マグヌスの言葉は、怒りの火に油を注いだ。


「お前たちも干渉を止めろ!」

「どうせ植民市に未練があるのだろう!」


 ここが正念場だ。


「マッサリア王国は、常に失地の回復を求めている」


 東帝国との和平は確実と思わせつつ、マッサリア王国で南征の計画が具体的に持ち上がっていることは明かさずに。

 宣誓供述者は嘘をつけない。


「真の敵はマッサリア王国!」

「ナイロの内紛などどうでも良い。マッサリアが攻め寄せれば結局手を結ぶことになる」

「東帝国からの援助は本当に無いのか?」

「マッサリアと和平を結べば、動くまい。一歩遅れた」


 たっぷり時間を取って市民たちに会話させたあと、


「ビオンは対立するニキアスの子息をさらった。言葉ではなく暴力で最高執政官の座を得ようとした。そんな卑劣な男に(くみ)したとあらば、この地の誇り高い市民たちの名誉は地に落ちるだろう」


 そう結んでマグヌスは演壇を降りた。


「十分話したか?」

「はい。ありがとうございました」

「しかし、なぜマッサリア人が危険を冒してまで、ナイロを守ろうとする?」


 マグヌスは、オリーブの枝を控室に祀られた正義の女神の前に捧げ一礼した。

 決まり通りの作法の間、エンコリオスは黙っていた。


「私は訳あってナイロのメランの弟子でした」

「ほう、あの女学者の」

「ナイロの大図書館の学問の自由を守りたい」

「ビオンや俺たちでは守れぬというのか?」


 エンコリオスが凄んだ言い方をする。


「いいえ、もう、どちらが最高執政官になっても、大図書館は中立ではいられないでしょう」

「悲観的だな」

「メランのあとを継ぐ指導者がいません。最も優秀だったカクトスは東帝国に招かれました」


 親しい学友同士だから互いの情報も知れる──そこまで言わなくても、エンコリオスは悟った。


「東帝国とマッサリア王国は手を結ぶのだな」

「はい。遠からず。そして、義兄はこの地に未練を持っています。また遠征しないとは限りません」 

「おう、いつでも来い。この槍の錆にしてやる」


 会議場からエンコリオスを呼ぶ声がした。

 今後の方針がまとまらないのだ。


 演壇に上がったエンコリオスは、高く手を上げた。


「余所者の意見に左右されることなかれ。我々は今後も反マッサリアのビオンを支持する」


 会議場は歓喜にどよめいた。

 マッサリア王国に対する悪感情は根深いのだ。


「ただし、選挙に関して武力で脅しをかけることは禁じて、民意を汲んだものにすること、大図書館の中立は守るように。そうビオンに伝える」


 苛立ちを示す足踏みが聞こえたが、エンコリオスは無視した。


「指導者エンコリオス、マッサリアにおびえたのか?」


 エンコリオスが怒鳴り返した。


「冷静に考えろ。東帝国の援助は無いで決まりだ!」


 反論の(いとま)を与えず、彼は続ける。


「南国の同盟だけでマッサリアと戦わねばならない。他国にむやみと干渉して禍根を残しては足並みが乱れる」


 ニキアスの力量もエンコリオスは計算していた。 


「間もなく夕暮れだ。明日も議論するか?」


 市民たちの誰かが言った。

 地方から足を運んだ者は、日が伸びれば辛い。


「エンコリオス、おまえに任せた」

「同意」

「不承不承ながら」


 ポツリポツリと賛同者が手を上げた。


「任せてくれ。無駄にこの歳まで生きてはおらん」


 神々に今後の安寧を祈って民会は終わった。

 マグヌスは、選挙への不干渉という譲れない条件を勝ち取った。


「皇帝陛下に酒と儂の娘を送らねばな。マッサリアを再び攻めるよう(ねや)で囁かせるのだ」


 エンコリオスの言葉にマグヌスは眉をひそめた。






明日も夜8時ちょい前に更新します。


第216話、和平の条件


どうぞお楽しみに!!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ