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第十四章 211.訃報

 早春、冬の嵐を抜けてやっと穏やかになった多島海を渡り、南国からの初荷がアルペドンの王都に届いた。

 まだ、建設中であるにも関わらず、勇敢な水夫は新たに建設中のオルモス港に船をつけ、商人たちは直接アルペドンの富を狙った。

 街道を行く荷は、異国の獣をかたどった陶器、透けるように薄い亜麻の織物、香油、金細工、ガラス器、宝石などの南国の富。


「さあ、南から春が来るぞ!」

「燕より先に南国の便りを運んできた我らの品を、どうぞ見てくれ!」


 商人たちは、景気よく声をかけ、若い奴隷に笛を吹かせて商業地(エンポリオン)に人を集める。

 それを目当てに曲芸師も出る。

 

 商業地はこの日のために天幕を張って、日頃の二倍の広さになっていた。


 戦乱の間は中止されていた行事が次々再開されていく。

 生き生きした日常が帰って来た。


 深窓にこもる婦人方まで、お供を連れて見物に出てきた。

 

「ご主人さまに、そのセミの羽のような布を見せておくれ」

「これでございますか?」

「そうそう、さあ、奥様、こちらを御覧ください」




 お得意のいる商人は、自らその邸宅の門を叩く。


 王宮にも一人、荷を担いだ奴隷を連れた商人が訪れた。


「ナイロのメラン様より、マグヌス様へ」


 その名を聞いたマグヌスが、執務室から出てきた。


 重そうに降ろされた荷は、布に包まれた重い木箱だ。


「ああ、これは」


 中身に心当たりのあるマグヌスは商人に礼を言って銀貨で高額な手間賃を払う。


「こんなにもらっていいんですかい?」

「それだけの価値があるものだとは気付かなかったのかい?」


 ホクホク顔の商人が帰った後、マグヌスが手ずから開けてみると、やはり砂糖の入った金属の容器が木箱に収められていた。マグヌスは控えていた侍女たちに頼んだ。


「厨房に持っていって使っておくれ。子どもたちが欲しがったら少しずつ、飲み物なり菓子なりにして」


 それより早く、砂糖の噂を聞きつけた厨房の料理人たちが表にやってきて、


「塩そっくりなのに甘いとは!」

「舌が痺れそうな甘さだ!」


 味見をしては感嘆している。

 

 やがて二人がかりで容器を運んでいき、残された木箱と布を侍女が片付けようとすると、ヒラリと紙片が宙に舞った。


「マグヌス様宛のお手紙のようですが?」

「ん、そうだな。ありがとう」


 紙藺(パピルス)の手紙を侍女から受け取る。


「ナイロのメラン、私の大先輩からだ。約束通りカクトスに代わって送ってくれたと見える」


 ありがたく一礼して読み始めたマグヌスの顔色が変わった。


「マグヌス様、どうなさいましたか」


 侍女は声を掛けるが、それにも気づかない様子で手紙を見つめている。


「亡くなった……アーナム師が亡くなった」


 マグヌスの剣の師である。

 メランの師クリュサオルとともに、ナイロに追放された孤独なマグヌスを涵養(かんよう)してくれた恩人である。


 手紙によれば、亡くなる前日まで弟子に稽古を付け、夜明けになっても起きてこないことを不審に思った弟子が訪室すると、息が絶えていたという。

 年齢を考えると天命、葬儀は弟子たちが丁寧に執り行ったそうだ。


 それとは別に相談したいことがあるため、


「詳細は会って話したい」


 メランの長い手紙はそう結ばれていた。


「うーん。アーナム師の墓前に参りたいのは山々だが……」


 確かに留守にしても、当面厄介ごとの起きそうな要素は無い。行くなら今だ。

 

「父上、お砂糖をありがとうございます」


 厨房から走ってきたのだろう、息をはずませたテオドラが、マグヌスの首に腕を回した。


「あんなに美味しいものがあるなんて!」


 そこで小首をかしげて、


「何かお困りごとですか?」

「若い頃ひとかたならぬ世話になった方が亡くなったのだよ。別れのご挨拶をしに、ナイロまで行きたいのだが……」


 テオドラは黒い瞳でマグヌスの目を見つめ、


「父上がお別れを言いに行く間、ゴルギアスが代わって政務を行なってくれます」

「グーダート神国の気が変わったら?」

「ヨハネス将軍が居るではありませんか」

「おまえは寂しくないのかい?」

「みんながいるから大丈夫!」

「おまえの『本当の父上』エウゲネス王の許可が要る」

「……」

「困らせてしまったな、すまない。だが、無理を承知でマッサリアに許可を求めてみよう。さあ、おまえたちは供を連れて商業地へ見物に行っておいで」




 マグヌスの、個人的な用事でナイロを訪問したいという意向は、思いがけずあっさりと許可された。


 ただし、近く行なわれる予定の南征に必要な情報を集めて来ること、という条件がエウゲネス王から課された。


「義兄上は、南征の計画を立てているのか……」


 前回の南征で得た植民市を、行きがかり上放棄させたのは、マグヌスである。

 その責任を取れという意味合いもあるのだろう。


 ただ、軽々に動けないマグヌスの立場を知っているメランが、「会って話したい」などと書き送って来たのは気にかかる。


「よほどの事があるのか……」

「行ってみりゃ分かるさ」

「ルーク、まさか、あなたも一緒に来るつもりで!」

「いかんか? 俺は南国には行ったことがない。おまえの師匠の話も聞きたい」


 ギロッとマグヌスの顔を見て、


「その立場で護衛も無しという訳にもいかんだろう?」

「静かにアーナム師を悼みたいのです」

「黙っておくし、旅費も自分で出す」


 マグヌスはため息をついた。


「では、護衛をお願いします」


 マグヌスはまた留守をする旨を関係各位に伝え、ルークは顔なじみになった街の女たちに土産物は何が良いか聞き、数日のうちに旅装を整えた。


 馬は特に上等なのを選ぶことはせず、貸馬を宿ごとに替えることにした。


 二人は回り道をして港として整備中のオルモス湾を視察したあと、旧ルテシア領のリマーニ港に着いた。


「オルモス湾は港にするには大きすぎないか」

「海賊の恐れもなくなり、航路はますます発展します。せっかくの可能性を生かさねば」


 マグヌスは、湾の半分を軍港、もう半分を商用にしようと考えていた。

 商用の部分は、まだ整備が終わっていないというのに、南国からの船がすでに何隻も係留されていた。


「たくましいものですね」

「商人とはそういうものだ。軍人とは違った勇敢さを備えているのさ」

「確かに。マッサリアでは軍港主体のリマーニ港を、もう一度よく見せてもらいましょう」


 切り立った岸壁を右手に、海沿いの道をリマーニ港へと進む。


「アーナム師が、穏やかに逝かれて良かった」


 マグヌスがつぶやく。


「ずいぶん高齢だったんだろう?」

「はい、師よりも先に凶刃に倒れた弟子も少なからず」

「剣に生きるものの宿命とはいえ、それは悲しいな。俺もロフォスやキュロスが俺より前に死んでしまったら……」


 返事はない。

 手元においているロフォスはともかく、追放したキュロスを守る術をマグヌスは持たない。


「ですが、武器を持たないテラサを襲ったキュロスを赦すことは、私にはできません」


 マグヌスはきっぱりと言った。





明日も夜8時ちょい前に更新します。

いよいよ第14章 南国騒乱 に入ります。


次回、第212話 危うい中立


どうぞお楽しみに!!

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