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第一章 21.ルーク当惑す

「お前が、マッサリア王の異母弟だって? たまげたよ。苦労したんだなぁ」

 

 語り終えたマグヌスに、ルークがしみじみ言った。


「いえ、追放も悪いことばかりではありませんでした。書も剣もあちらで一通り学びましたし」

「前向きだな、お前」


 マグヌスは苦笑した。


「あなたの剣法も独特ですね。独学ですか?」

「そうだ。俺にかなうものはいなかった」

「いずれ、邪魔されぬところで立ち会ってみたいですね」

 

 ルークは大きくうなずいた。

 で、あわてて横を向いて、


「ペトラ、お前のことを忘れてたんじゃない。怒るな」

「いいえ、面白かったわ。南の国って、行き場所のない者を今でも受け入れてくれるの?」

「そのはずですよ。マッサリアの南征も、内地にまでは及ばなかったはずですし」

 

 ペトラは猫を思わせるしなやかさで伸びをした。


「私も行こうかな」

「何を言う、あのペダルタを継ぐ跡取り娘が」

「窮屈なのよ。気を使うことばかり多くて。今度のことだって、あなたが『引き受けたけど殺す気は無い』って言い出して」


 確かに十四、五の小娘の手には余る。


「父に知られたら、折檻じゃ澄まないわ」 


 人それぞれに立場があり境遇がある。

 軽重の違いはあれ、背負うものがあるのは皆同じだ。


 マグヌスは口調を改めた。


「さあ、私は自分の過去を話しましたよ。今度はあなたの番です。どうして私を襲うことになったのか説明してください」


 ルークが真面目な声を出した。


「お前は小ゲランスのことを知らんだろ」

「マッサリア城下一番の繁華街でしょう。そして男なら一度は言ってみたいという色街。在留外人であるゲランス人のたまり場」


 ルークは、チラとペトラを見て、


「お嬢さんの店、ペダルタは、表向き娼館だが、影では小ゲランスのあれこれを取り仕切り、ゲランス王国ともつながりがある」


「おや、届けでは手広く金貸しをやっている人物が小ゲランスの責任者でしたが?」


 マグヌスが思い出すように指先で額を叩く。

 名前までは思い出せない。


「表向きはな。ただ世の中には表と裏があるんだよ」


 ルークが笑い声を漏らした。


「もっとも俺もペダルタで雇われる前は知らなかったが」

「あたりまえでしょ。ペダルタで好まれるヘビの文様は狡知をも表しているんだから、簡単にマッサリア人たちに分かるわけがないわ」


 ペトラが異国人であるルークの言葉に付け加える。


「大事な女たちを守るのが用心棒稼業、殺しなんて受けないつもりだったが、相手がお前とわかって気が変わった」


 マグヌスが笑いを含んで、


「私なら殺して良いと?」

「そういう意味じゃねぇ」


 ルークが急いで訂正する。


「お前の腕なら互角の勝負を演じて河に落ちたと言えば見物人は信じる。見物人が信じりゃペダルタの主人も信じてくれる」


 マグヌスは遅い月の登り始めた東の空を見た。


「それにしても、どうして行方不明の兵士の消息を尋ねただけの私が殺されなければならないのでしょう?」

「さあな。ペダルタの主人にしてみれば、河に投げ込まれたのがただのマッサリア人じゃなくて、軍人だったのがまずかったんじゃないか?」


 ルークの少し早口な説明を反芻するように、マグヌスは少し沈黙した。


「軍人殺しとなれば重罪ですからね。調査の手が入って、ペダルタという店の立場や背後が暴かれるのは避けたい。なるほど」

「それにおまえ、あの格好でペダルタに行ったんだろう?」


 クスクスとペトラが笑った。


「どう見てもうちに入れるだけの金を持ったお客さんの身なりじゃないし、そのくせ、兵士を連れているのよ。怪しまれて当然よ」


 マグヌスは濡れた頭をかいた。


「橋の上でも目立ってたぞ」

「そうでしたか……」

「女にもてようとするなら、もうちょっと身なりには気を使って」


 ペトラの忠告に、


「いや、特にそういうつもりは……」

「お固いのね。そういうお客も歓迎よ。この上衣なら大丈夫、遊びに来てちょうだい」


 ペトラのせいで話が明後日の方へ行きそうになるのをぐいと戻したマグヌスは、もう一歩踏み込んで二人に尋ねた。


「ところで、ルーク、喧嘩の夜に滅多打ちにされて河に投げ込まれたのは、クリュボスという兵士で間違いありませんか?」

「クリュボス? あの若い男か。間違いない」

「そうですか……」


 マグヌスは、濡れて脱ぎ捨てた衣類一式の中から革袋を取り出した。


「これに見覚えは?」

「それ、クリュボスのよ」


 ペトラがあわてた様子で言った。

 マグヌスが彼女の言葉の矛盾を突く。


「おや? あの店では誰も本名なんか名乗らないのでは?」

「う……たまたまよ。たまたま私が知ってただけ」

「中に入っているのは、貨幣価値のない銀の粒。クリュボスの故郷では銀が採れたらしいですがね。銀についてなにか聞いていませんか?」

「銀の御守をもらったことはあるわ」

「俺は知らん」


 マグヌスは二人の言葉として心に留め置いた。


「分からないならいいです」


 彼は、革袋を大切にしまい込んだ。


「ルーク、ペトラ、今夜はありがとう。二人ともいい加減に店に帰らないといけないでしょう? クリュボスの件は、もう少し私の方で調べを進めてみます。あと、ペダルタも、もう一度捜索しないと」


 マグヌスは意味ありげに言った。

 

 半月が中天まで上っていた。








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よろしくお願い申し上げます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] マグヌスさんの過去が本当に壮絶で言葉になりません><; 前章であまり人物像が語られなかったエウゲネスさんのことがここで幼い頃が語られて、12歳の少年二人の心の傷や辛さに胸が痛いです。 遠く…
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