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第十三章 209.追放処分

 マグヌスは、やり場のない怒りに身を震わせていた。


 テラサがどうしてもっと慎重に行動してくれなかったのだろうかと思い、キュロスをもっと厳しくしつけるべきだっただろうかと惑い。


 運ばれて来た夕食にも手を付けずに、運んできた奴隷にすべて与えてしまう有り様で、結局、最後に行き着いたのは、夜の女神に呪われた子というキュロスの宿命であった。


 夜の女神の呪術に頼ったマルガリタが我が子を呪われたものにしてしまったのか、いや、そこまでマルガリタを追い詰めてしまった自分に責任の一端がある……。


 思いは乱れる。

 

「マグヌス、参ってるな」


 挨拶もせずに執務室に入ってきたルークが、この男にはめったにないことだが、遠慮がちに声をかけた。

 ルークはすべてを知っている。


「キュロスを育てたのは間違いだったのでしょうか?」


 マグヌスは、核心を口にする。


「育てたものは仕方あるまい」

「歪んで育ったせいで、テラサが……」

「生命に別状は無いと聞いた」

「殺そうとしたそうです」


 低い声に怒りが交じる。


「呪われた子……」

「おい、父親のお前がそれを言うのか?」

「……私は禁じられた呪術を用いた女神官を死罪にしました」


 大地に掘られた深い穴。

 絶命して転がり落ちる神官。


「愚かにも、それですべて正せると思って!」


 マグヌスの唇は震えている。


「まず、落ち着け」

「落ち着いています」


 ルークは指を一本立てた。


「お前はできる限りのことをした。キュロスにとっても良い父親だった」

「でも、キュロスは……」

「出生の秘密を知り、アルペドンの正当な血筋という歪んだ考えを刷り込まれた。お前にはどうしようもないことだったんだ」


 灯火が灯った。


「父上、ご心痛お察しします」


 テオドラだった。


「テラサさんが早く良くなりますように」


 彼女は思慮深そうな目を上げて、


「それで、キュロス兄様はどうなるんです?」

「どうにもならない。一般の犯罪者とともに、祖霊神の神殿の庭で裁かれる」

「そうか、アルペドンでは評議会ではないのか」

「他国とは違います」


 テオドラがいらだった声で、


「人を殺そうとしたら、死罪もありえますよね。イリスが心配しているんです。父上、なんとかそれだけは……」


 キュロスを慕う者もいる。

 しかも身近に。

 マグヌスは冷や水を浴びた気分になった。

 動揺を押し隠して、

 

「私が裁くのではないのだよ、テオドラ」

「親族として証言を求められたら?」


 マグヌスは深いため息をついた。


「証言は拒否する」

「父上!」

「ゴルギアスが証言したほうが、アルペドン人を説得しやすいだろう」


 確かに、現在キュロスを保護しているのはゴルギアスだ。


「では、父上ではなく、ゴルギアス様に罪を軽くしていただくようお願いしに行きます」

「政務の邪魔はしないように」

「分かりましたわ」


 最後に、意志の強い黒い瞳でマグヌスとルークを順に見つめて、テオドラは去って行った。


「……ゴルギアスに頼んでおこう。追放処分だけで済ませるようにと」

「マグヌス……」

「アルペドンの王子なら、受け入れてくれる国もあるはず」


 年端もいかないテオドラにマグヌスは説得された。

 

「お姫様、大したもんだな」


 ルークがポツリとつぶやいた。




 犯罪者の牢に入れられたキュロスは、隅に縮こまっていた。

 太い木の格子がはまった窓から、わずかに月明かりが見える。


 朝から何も食べていない。

 イリスがパンを差し入れようとしたのだが、牢番に追い返された。

 キュロスはそれも知らない。


(養父は僕のことを不当に扱っている)


 と、怒りをたぎらせた。



 翌朝、薄い粥を与えられたあと、キュロスは神殿の中庭に引き出された。


 この中庭は白い石が敷かれ、目を慰める草木の類は皆無である。


 晩夏のこととてたっぷりひだを取った神官服を着た副神官長が、厳しく問う。


「オレイカルコスの子キュロス、人望厚い女性を殺害しようとしたことに間違いは無いな」


 目撃者であるテラサの護衛の兵士たちがいる。事実関係の言い逃れはできない。


「それには理由が……」

「述べてみよ」

「あの女は、マグヌスと共謀してアルペドンの嗣子たる僕からすべてを奪った」

「……アルペドン王の男系はとっくに絶えておる。そなたの言葉は虚しい」


 証人として立ち会っていたゴルギアスが発言を求めた。


「男系でこそありませんが、キュロス様は父母ともにアルペドン王家の血を引かれた方。そう、あのマッサリア兵が攻め込んで来た時に、この神殿に立てこもった王女のお子」


 神官の表情に動揺が見られた。


「貴重な王家の血を流すことだけは、どうか!」


 ゴルギアスは膝をついて哀願した。

 アルペドン人としての嘘偽りの無い心情だった。

 神官もまた、アルペドン人だった。


「事情は分かった。罪は重いが生命までとは言わぬ。今後アルペドン領内への立ち入りを禁じる」


 マッサリアを除外したのは、寛大な処置であった。


「キュロス様、国外にも王家を慕うものはございます。私のつてをお頼りください」


 呆然としているキュロスを、ゴルギアスが励ます。


 マグヌスは、ゴルギアスの報告を聞き、一応の解決をみたと理解したが、心のなかには穏やかならぬものがあった。


 ピュトンを恨みながら生きてきた自分が今度は恨まれる。

 追放された自分が今度は我が子に等しいキュロスを追放する。


「なんという運命の悪戯か」


 彼はそのめぐり合わせの行く先を恐れた。




明日も夜8時ちょい前に更新します。

どうぞお楽しみに!!


次回、第210話 嫁入り話


この章最終話となります。

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