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第十三章 198.隊長

「ところでヨハネス、そろそろ……」

「妻のことでしたら自分で相手を見つけますので結構です」


 改めて王宮に呼び出した隊長ヨハネスの言葉と言いように、マグヌスは吹き出した。


 ごろつきの中からマグヌスが拾い上げたのがまだアルペドン王国と戦っていた頃。

 それ以来軍務一筋でマグヌスに仕えてきた。


 百人隊長、千人隊長はいるが、ただの「隊長」と言えばヨハネスを差す。

 それが新生アルペドン軍の通例だった。


「ヨハネス殿、そんなお話なら私が同席いたしません」


 宰相ゴルギアスも髭をなでながら笑っていた。


「マグヌス様は、あなたに『将軍(ストラテゴス)』を名乗って欲しいとのご意向です」

「将軍とはおそれ多い……」


 マグヌスは椅子から立ち上がった。

 合図をすると、群青に白の房をつけたマントを侍女が持ってきた。

 それを肩に掛けてやりながら、


「戦象部隊の始末、見事だった。マッサリアの執政官テトスに連絡を取ってみた」


 マントを留めるのは艶消しの黄金のブローチ。


「マグヌス様、本気で……」

「お前も、もともとはマッサリアに籍を置く者、新たにマッサリア五将の一人となってくれ」

「マグヌス様は……」

「引退。アルペドンの代官で手一杯だよ」


 ブルッとヨハネスは武者震いした。

 自分が、あの将軍たちの一人となる。

 アルペドンの騎兵隊は目下無敵だがそれを評価されてのことか。


 マグヌスはごく真面目な顔になって、

 

「戦闘中にお前が見たという騎兵の幻、あれは以前騎兵隊長として戦死したカイという者だよ。死んでも私たちを守ってくれている。彼に認められたお前には、将軍になる資格があると考えている」

 

 あの質素な騎兵にそんな意味がとヨハネスは慄然とする。


「亡霊でしたか……」

「いや、守護神だ」


 ゴルギアスが書面を差し出す。


「死すべき人の身から神への昇格は困難ですが……戦女神の陪神としてならば認めると」

「それで良い」 


 戦女神の神官たちからの書状を一瞥してマグヌスは満足気につぶやく。


「今日、テトスから返事が来てな、今は各国均衡が取れているから新米の将軍でも心配無いそうだ」


 その言葉に、ヨハネスの戦意は燃え上がった。


「アルペドンの騎兵隊は決して侮れないと、智将テトス様に見せて差し上げます」

「よく言った」


 テトスは追加でマッサリアの現状を簡単に伝え、東帝国の皇帝からの外交文書を一通添えていた。

 それには侵略者アンドラスを排除するために手を組もうと書かれていた。


「アンドラスへの恨みは深いが、内政干渉はしないでおく」


 テトスの弁。


「マッサリアが手出ししないでくれてありがたい。


 テトスも、マグヌスが仕掛けた罠にはまった東帝国の内乱を静観する構えらしい。


「猫の島とはどこか知れないが、これが皇帝を追い詰める一助になるだろう」

「マグヌス様、何をなさるんですか?」

「武器を取って戦うばかりが能ではない。この外交文書一枚が東帝国の内乱を引っ掻き回してくれようよ」


 マグヌスは文書を丁寧に布に包んだ。


 ヨハネスが受け取ろうと手を出して拒まれた。


「これは将軍の仕事じゃないよ」

「はあ……」

「それより、馬匹(ばひつ)改良と鞍や鐙の改善に気を配ってくれ」

「かしこまりました」


 今もアルペドン内部で頻繁に行われている競馬や戦車競技。


 それによって選抜された優れた種牡馬、肌馬を集めた牧場は合計五百頭を誇るまでになっていた。


「やっと騎兵隊の再建が成った」


 長い道のりだったとマグヌスは嘆息する。


「再建どころか最強です」

「そういえば負けた東帝国軍の首領たちも、この地の馬を欲しがっていましたな」


 アルペドンに広く横たわる石ころだらけの草原。

 穀物畑にするには土地が薄く痩せているため、もともと、家畜の放牧に使われていた。


 その地で育った馬たちは足場の悪さをものともせず、粗食に耐え、長距離を飛ぶように駆ける。


「グーダート神国からも馬が欲しいと連絡がございます」

「……あそこはいざとなれば軍馬の血を大地に注ぐような国だろう?」

「まあそうではありますが」


 ヨハネスが憤然と声を上げた。


「屠殺するつもりなら一頭も渡さん」

「……まあまあ。グダル神が好まぬ明るい毛色を選び、牧場の選に漏れた四歳馬を持ち主から買い取れ。十頭ほどで良かろう」


 マグヌスはヨハネスにニヤリと笑ってみせた。


「予算は考えなくていい。ほどほどに良き馬十頭を選んで、グーダート神国へ届けてくれ」

「将軍としての初仕事でございますぞ。首尾をお祈りしております」

「かしこまりました」


 シュルジル峠を経てグーダート神国に向かう道は何度も通ってよく知っている。


「あの地を血の匂い無く通るとは、平和でございますな」

「ああ、貴重な平和だ。将軍としての威厳を損なわぬように行ってくれ」


 最初の任務としては悪くない。

 グーダート神国は、神託によって国の政治を決める独特な国だが、マグヌスの努力の甲斐あって、良好な関係を続けている。


「では、馬集めから始めます」

「何かあったら遠慮なく連絡を」

「はっ」


 群青のマントを翻してヨハネスは去る。


「本当は良家の娘と縁組みも手配してやりたいのだけれど」

「そうおっしゃるマグヌス様は再婚なさらないのですか?」

「全ては神の御心のままに」


 マグヌスははぐらかす。


 そのヨハネスが無事大任を果たし、もともと彼の属しているマッサリアの区の幼なじみとささやかな婚礼を挙げたという話は後で聞いた。


「一度は故郷を売った身。よく女性が待っていたものよ」


 男子は名を挙げ功をなしてから、若い娘と婚姻するのが普通だった。

 女の身で、適齢期に降るような婚姻話を拒んで待ち続けるのは尋常ではない。親からの反対もあったろう。


「だが将軍の妻なら文句はあるまい」


 婚礼に呼ばれなかったのは少々淋しいが、マグヌスはこれでよしとした。



 


次回、第199話 すくすくと


明日5日から序章の改稿を行ないます。

ご迷惑をおかけして申し訳ありません。

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