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第十三章 196.反抗期

「こんなもの、要らない!」


 キュロスは、マグヌスの差し出した馬車の玩具を床に叩きつけた。


「亡くなられた母上も僕も放っておいて……」

「祖国の危機だったのです。聞き分けなさい」

「マッサリア王国の、だろう。アルペドンは関係ない!」


 キュロスの子どもらしい不機嫌の原因は、実は他にある。


 見ても聞いてもいない赤ん坊をマグヌスが連れ帰り、


「妹だよ」


 と告げたことだ。


 マルガリタの衝撃的な自死、これまでも薄かったマグヌスの愛情、そこへ(ライバル)の登場である。


「キュロス、待ちなさい」

「嫌だ!」


 走り去る。


「若様、お待ちを……」


 マルガリタ付きだった侍女たちがあわてて後を追う。


 子どもは無意識に養育者の愛情を試すことがあるという。

 自分が本当に愛されているか。

 親はどこまでわがままに耐えてくれるのか。


「思うようにはいかないな」


 散らばった玩具の残骸を自分で集めながら、マグヌスはため息をついた。


「……北風の如きその心よ、我が魂の火を吹き消せるか試してごらん……」

「そりゃ、つれない女に言う詩じゃねえか。わがまま息子なんて、耳を引っ張って言うことをきかせれば良いのに」


 ルークが遠慮なくからかった。


「そうですね。ただ、私を実の父と信じての反抗ですので……」


 マグヌスは目を伏せる。


「赤ん坊まで連れ帰って……あれも自分の子じゃないんだろう?」

「マッサリア王国の王女テオドラです」

「王女様とは、また責任重大な……」

「良い乳母もいますし、古参の侍女たちをつけてやりますので……」

「あの、醜い侍女たちな」


 即座に反論が返ってきた。


「彼女たちの忠誠と献身は、美醜とは関係ありません」


 戦争捕虜(どれい)たちの配分を決めた竜将ドラゴニアのいたずらで、マグヌスの取り分として送り込まれた醜い侍女たち。

 

 マグヌスは即座に彼女たちを解放し、今ではマグヌスに忠実な女性たちだけが残っている。

 今回の東帝国の侵攻に際して、マグヌスの留守を守り、隊長ヨハネスと協力して敵軍の撃退に貢献したテラサがその筆頭だ。


「キュロスの取り巻きがな……」

「……アルペドン王家に仕えてきた侍女たちですね」


 マグヌスは眉をひそめる。


「マルガリタのことで私を恨んでいるでしょう」

「そろそろ、キュロスも鍛錬が必要な年齢だろう、侍女べったりは男子としてまずい」

「考えておきます」


 マルガリタが生きていた間はマグヌスを実の父としていたが、いつ実は不義の子と明かされるか。

 単に罪の子というより、アルペドン王家の血を濃く引いた生き残りであり、王家はマッサリアに滅ぼされ、伯母のフレイアまでもがマグヌスの策略で命を落としていると知ったなら。


(成人の儀式までには自分の口で真実を伝えよう)


 マグヌスは、そう考えていた。


 他方、母ルルディから引き離されたテオドラは乳母の乳をよく飲み、小さく生まれた分を取り返すように元気よく育っている。

 

 乳母の子も女児だったが、こちらも問題なく成長していた。


「王女様と乳姉妹(ちきょうだい)などとおそれ多い」


 乳母は恐縮していたが、マグヌスは好待遇で王宮に迎え入れた。


「テラサ様に乳母の心得を教えて頂いております」

「テラサが? 自分の子はいないだろうに?」

「いえ、それが、別け隔てなくたっぷり可愛がれば良いとのお話で……」

「ほう」


 テラサは帰国後しばらく療養していたが、今はまた忙しく市井の女たちに医療を施し、少女たちに学問を授けている。

 それぞれ忙しいマグヌスとはすれ違いばかりだ。


「それでもテオドラのことは心配してくれたのだな」


 テラサを妻にと義兄エウゲネス王に懇願した事がある。

 もしもテラサがマグヌスの妻に納まっていたら今の活躍は無かっただろう。


「糸紡ぎと機織(はたお)り……」


 伝統的な女の仕事であり、同時に神秘性を帯びていることから、奴隷たちを大規模に参入させることはできなかった。


「ペトラたちが子守唄を歌ってくれている」

「ありがたいことです。アルペドンの田舎だからと実父に蔑まれないようにしないと」

「まるきり親馬鹿だな」


 ルークは軽口を叩きながらも、親友の心配を共有する。


「若様には、俺が基本を仕込んでやろう」

「え、以前剣は我流でと……」

「馬鹿野郎、全て我流な理由(わけ)無いだろう」

「安心しました」

「……よこせ」

「何を?」

「指導料」

「エウゲネス王に貰った金貨があるではありませんか!」

「それは別だ。タダではやる気にならん」

「分かりました。良いでしょう」


 ルークは出した手をいったん引っ込めた。


「クリュボスのような男になっては困るからな」


 マグヌスも苦笑いした。

 その若さにもかかわらず一流の舞踏団を率いるペトラの想い人。

 用心棒という名目でペトラに養われているが剣の腕はからっきし。

 マグヌスが自分の剣の師に紹介したが、訓練が厳しすぎると逃げ出した実績がある。


「あのキュロスは見どころがありましたが……」


 というのは、かつてのアルペドン三王子の末っ子キュロスのこと。

 捕虜解放で帰国途中にルテシア王国の陰謀により横死している。


「キュロスという名にふさわしく、前から鍛えてやりたかったんだが、お前の許可が無くてはな」


 ルークが言うのも当然、子どもたちの生殺与奪の権は父親が握っている。


「ついでに、レステスの息子、えーと……」

「ロフォスだろう、あいつは筋が良い。頼まれなくても鍛えてやる」


 ということは、キュロスは今ひとつ光るものが無いのかとマグヌスは軽く失望する。


「甘ったれが治ってないからな」


 心を読んだようなルークの返事。


「頼みます」


 マグヌスは、親友に血の繋がらぬ息子を託した。





第13章 あたたかい日々 の始まりです。

次回 197話 レステスの子ら

木曜夜8時ちょい前をお楽しみに!!



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