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第十二章 184.密やかなる逆転

皇帝vsアンドラス。本格化します。


次回、第185話 後ろ盾


木曜夜8時ちょい前をお楽しみに!!

 アンドラスは皇帝に言うだけ言うと、カクトスを連れてシュドルスの藩主国に厄介になった。

 都から徒歩にして十日ほど、皇帝がその気になって軍を差し向ければたちまち戦となる。


 シュドルスの館の隣には戦象たちの育成や訓練を行う施設があったが、二十の石造りの象舎の主は帰らぬままだった。


 その大きな空の建物を見るにつけ、皇帝の意のままに戦場へ赴いた自分の愚かさをアンドラスは恥じるのだった。


 人の背丈ほどの仔象も数頭訓練されており、狩られて母象から引き離された悲しみを忘れたように象使いと戯れていた。


「戦象部隊を復活させたものかどうか」


 アンドラスは思案していた。

 対策を知らぬ者には無敵を誇るが、よく訓練された騎兵には無力、重装歩兵にさえも力は限定的だった。

 加えて大量の飼料の運搬。


「ここにいらっしゃいましたか」


 シュドルスが声をかけた。


「象たちを見ていた」

「酷い目にあわせてしまったものです」


 アンドラスは深いため息をついた。


「次の象狩りはやめておこう。今いる象たちは戦いには使わず、祝典の行進などにとどめよう」

「そうでございますな。ですが戦象部隊が復活すれば、敵には恐るべき相手となりましょう」


 アンドラスは返事をせず、雑草の茎を抜いて、鞭のように宙に鋭い線を描いた。


「なにがあったのだ?」

「はっ、ダイダロス将軍が都近くまで戻られました」

「都近く?」


 わずかな表現の違いにアンドラスは眉をひそめた。


「ダイダロス将軍も敗北の責任を取って死ねと命じられたようで……」


 敗北して敵中突破となった帰路の困難さ。

 やっと故郷にたどり着けば皇帝の暴言。


「帝都には入らず、皇帝陛下の命を拒まれたアンドラス殿下に連絡を取りたいとのご意向」


 アンドラスは心の中で快哉を叫んだ。


「ダイダロスが来ても、受け入れられるか?」

「もちろんでございます」


「呼べ。命を大切にせよと」

「心得ましてございます」


 ダイダロス将軍は五つある近衛兵の中でも第一の将。

 彼が味方に付けば盤石の近衛軍団をこちらへ取り込む可能性が出る。


「迎えを出せ」


 アンドラスは命じた。

 

「私も行く。気が変わらぬうちに会おう」


 五日後、アンドラスは、尾羽打ち枯らしたダイダロス将軍を街道に迎えた。

 ダイダロスは、アンドラスの姿を認めると、馬から飛び降りて膝を折り、大地に額をこすりつけた。


「殿下、私の方が間違っておりました。皇帝陛下は有無を言わせず、私を近衛の将軍職を奪い、死ねと追い払いました……」

「ダイダロス、お前に非は無い」


 アンドラスは、ひざまずくダイダロスに言った。


「責められるべきは思いつきで無謀な遠征を命じた皇帝陛下。たかがインリウムの要請で兵を動かしてはならなかったのだ」

「……インリウムには、恩義がございました。帝位を狙う皇女殿下を罠にかけるため、インリウムが全面的に協力したのでございます」

「知っている」


 今も「赤い部屋」に現れる第一皇女の亡霊。

 皇帝の判断を誤らせたのは彼女の怨念でもあったのだろうか。


「将軍の座を追われても、これだけの部下が付いてきてくれました。これからはアンドラス殿下のお味方をいたします」

「ありがとう。将軍よ。協力嬉しく思う」


 ダイダロスは眩しいものでも見るかのように、新たな若々しい主人を仰ぎ見た。

 その手を取って立たせるアンドラス。


「私が今より上の位に就いた日には、公式に将軍職をお返ししよう」


 帝位を狙うとこそ言わぬが、アンドラスの決意であった。


 一方、カクトスとプロイオスは帝国に十五ある藩主国をあちこち駆け回っていた。


 まず、ムネスタレエ。

 ここの藩主に、メントール将軍の遺骨を届けた。


「アンドラス殿下が、無数の死者の中から見つけてくださいました」


 ムネスタレエの藩主シダリタスはもともと頑強な皇帝派。アンドラスを相変わらずの飲んだくれと侮っていたところにこの知らせである。


「敵のエウゲネスに捕らえられながらも、殿下はメントール将軍の献身をお忘れではありませんでした」

「水攻めの計にかかったと言うが……」

「はい。一つの湖を丸ごと使った計略で。もともとの湖を干拓した地にそれと気付かず陣を張ってしまったのです」


 ここでカクトスは声を落とした。


「皇帝陛下が出陣にあたって、尻込みするものに『河が流れを変えたか』と叱咤なさったのがこの暴れ河ピュルテスの神を激怒させたのだと、もっぱらの噂でございます」

「神の怒りにより、我が軍は全滅したのか」

「恐れながら」


 シダリタスは頭を抱えた。


「異国の神よ、耳聡き神よ、皇帝陛下を許し給え」

「兵士だけで四万が犠牲となりました」


 青ざめたシダリタスにカクトスは畳み掛ける。


「失礼ながら、皇帝陛下に置かれましては、ご自身の発言を省みることなく、アンドラス殿下を一方的に攻めておられるご様子」

「そうなのだ。身体が弱いと甘やかされて、いつもご自身が正しいと信じておられる」

「アンドラス様は違いますぞ。今回の遠征ですっかり大人になられた」

「こうして、メントールの霊まで連れ帰ってくれた……」

「誇り高き軍人、しかるべく葬られますよう」

「アンドラス殿下に心からの感謝をお伝えしてくれ」

「承知いたしました」


 これでまた一人、アンドラスに好意的な藩主が増えた。


 カクトスの異国風な容貌に心を閉ざす藩主も少なくなかったが、彼とプロイオスは半年かけて全国を廻り、アンドラスに味方する藩主を増やしていった。





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