第十一章 180.ここちよい場所
【突発更新まつり最終回!!】
「なんと、執政官を辞めると?」
マグヌスとテトスは連れ立って、リュシマコスの館を訪ねた。
二人は見事に整えられた中庭に案内された。
秋の日差しが心地よい。
大理石の椅子は、日があたっているところはほんのりと暖かかった。
「何かあった際には、駆けつけて必ず国を守ります」
「テトス殿が引き継がれるなら心配ないが……」
王女テオドラのことでエウゲネスからあらぬ疑いをかけられていることも、マグヌスは率直に話した。
「王はひどく神経質になっておられる。ここは距離を置くのが一番でしょう」
「確かにそれでは貴殿が補佐役を務めるのは難しい」
リュシマコスは眉間に深いシワを寄せた。
「エウゲネス様がそのような状態で、国政に関われるのか?」
視線はテトスに注がれていた。
「以前と同じようにはいかんだろう」
「祖霊神の儀式も、テトスが代理で?」
「ルルディ様に王を引き受けていただくにあたって議論は済んだこと。女性に雄牛の喉を裂けとは言えますまい?」
「エウゲネス様なら適切な介助があればできる」
マグヌスの意見。
「うっとおしい私が消えさえすればおさまるのです」
「しかし、それではあまりに……」
戦象部隊も大軍も打ち破り、インリウムの僭主さえ追い落とした功労者に報いるのにその仕打ちは。
「気にしてませんよ。称えられるために戦ったわけではありませんから」
「マグヌス殿……」
彼は小さなあくびをした。
暖かい日差しが眠気を誘う。
「お前はアルペドンとの縁も深いからな」
「三日月湖の生き残りにも十分に報いてやりたい」
二年半かけて干拓した湖を一瞬で無に帰した水攻め。
レステスたちが生きていれば、どんなに恨み言を並べただろう。
「乳飲み子に旅はつらい。なるべく気候の良い間に出発します。テトス、事業の引き継ぎを」
「寂しくなるな」
廊下の列柱の方ですすり泣く声がした。
「ドラゴニア、立ち聞きは行儀が悪いぞ」
「勝利に不可欠だった人を黙って追い出すような父上に、言われたくはございません」
絹の着物に、ふわふわと毛の立った豪華な上掛けをはおり、エメラルドのブローチで留めたドラゴニアが、目を押さえながら植木を回り込んだ。
「マグヌスが指揮を取っている間、どれほど心強かったか! 父上もご存知でしょう?」
「ドラゴニア、ありがとう」
マグヌスは、しっかりとこの女将軍の手を握った。
「お父上、今からでも遅くはありませんわ。マグヌスを私の婿に」
「何を言う。マグヌスにはキュロスという男児と、ルルディ様から預かった王女テオドラ様がいるのだぞ。お前の婿に釣り合うかどうか、良く考えてみなさい」
いきなり二人の子を持つ身になる……さすがのドラゴニアも黙った。
「私を案じてくれる気持ちは嬉しい。だが、あなたを妻にはできない」
愛情は人を狂わせる。
マグヌスの妻マルガリタがそうだったように。
ドラゴニアにも義兄にも、同じ轍を踏んで欲しくはなかった。
「私が身を引けば良いだけのこと。テオドラ様へのお気持ちもそのうち変わるでしょう」
キュロスに対する自分の感情が変わったように。
「気を付けて戻れよ、マグヌス。アルペドンの民は王の不興を買ったお前とテオドラを、受け入れてくれるだろうか?」
「テトスも気を付けて。執政官は何かと誘惑の多い職務です。銀、土地、美女、手に入れようと思えばいくらでも入る」
テトスが吹き出した。
「堅物のお前には通じないよなぁ」
「礼に鞭をくれてやりました」
ドラゴニアが泣き笑いしている。
「王という立場なら、もらいたい放題だがな」
「そこも気を付けてください。お気持ちの不安定な王に付け入る者が無いように」
「心得た」
この日を堺に、マグヌスは王宮を引き払った。
彼は王都内に私邸というものを持たず、城壁の外の幕屋で寝起きしていたため、撤収は早かった。
広場スズメたちが、マグヌスがアルペドンへ去ると聞いて大騒ぎを始めた頃、彼はすでに出発していた。
気になるのは、やはりテオドラのことである。
輿を用意し、乳母とともに乗ってもらったが、休憩事に顔を見に来た。
「まさか、本当にマグヌス様がお父様で?」
乳母が侍女に耳打ちするほど熱心だった。
「馬鹿ねえ、ルルディ様を自分のものにしたいなら、エウゲネス様が見つかる前に結婚しているわよ。兄の寡婦を弟が妻にするなんて話は掃いて捨てるほどあるじゃない」
マグヌスの気性を知っている古手の侍女がたしなめる。
テオドラの身体に障らないように慎重に、旅は続いた。
半年前にはここを無数の大軍が戦陣を組んで移動したとは思えぬほどに……。
マグヌスは途中で馬車の玩具を買った。
精巧な組木細工で、車輪も回るし、革で作った二頭の馬も付いている。
「キュロス様へのお土産ですか?」
侍女に聞かれて照れ笑いする。
「長くつらくあたってしまったからな。これで機嫌を直してくれると良いのだが」
先にアルペドンへ帰ったルークからもヨハネスからも、異状を知らせる連絡は来ていない。
「留守の間、上手くやってくれているに違いない」
マグヌスは信じていた。
アルペドンへ。
第二の故郷へ。
ここちよい場所へ。
まさか、彼自身でなければ処理できない問題が山積しているとは思いもせずに……。
朝夕の冷え込みが身にこたえる頃、マグヌスたちはアルペドン領へ入った。
皆様どうもありがとうございました。
今回をもってお祭りは終わらせていただき、週一回の更新に戻ります。
次回、第12章 第181話 西風
第三皇子アンドラスが帰国します。
木曜夜8時ちょい前をどうぞお楽しみに!




