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第十一章 179.王女テオドラ

【突発更新まつりフィナーレ!】

 ルルディが陣痛を訴えたのは、エウゲネスの処遇が決まる前だった。


「おかしいの。痛みが弱いわ」

「ルルディ様、しっかり。もう二人もご出産なさったではないですか」


 膝立ちになった産婆の腰につかまり、ルルディはあえいだ。


「いきんで!」

「力が……入らない……」


 そのうち陣痛はどんどん弱まってしまった。

 丸一日経っても、子は産まれようとしなかった。


 あわてたのは評議会である。

 評議会は急遽エウゲネスの復位を宣言した。

 ルルディが産褥の床についてしまえば仕方ない。


「今の王座には座れぬ」


 マグヌスが職人を手配し、王座を作り直した。

 背もたれを緩やかに、座面と足元には羊毛を詰めたクッションをあてがった。


 工事の音の響く中、ルルディが難産の末産み落としたのは女児だった。


「まあ、はじめまして。女の子は初めてよ」


 喜ぶルルディだったが、産褥の忌が終わるとすぐに来るようエウゲネスに呼ばれていた。


「お父上も早くお前に会いたいのですよ」


 エウゲネスに似た、黒髪黒目の赤児。

 パッチリした目はルルディ譲りだ。

 女児のせいか、身体つきは小さい。

 乳母はちょうど男児を産んだばかりの食堂の婢女(はしため)が大抜擢された。


「お前に似て身体の強い子になるように」


 ルルディは王子たちとの体格差を心配していた。


「直に大きくおなりですよ」


 心配を産婆は笑ったがルルディは大真面目だった。


 一月経って、産褥の忌みは明けた。

 ルルディは、赤ん坊を抱いた乳母とともに、侍女を二、三人従えて王の間に入った。

 改修が済んで、背もたれが後ろに倒された王座が見える。


 ルルディは、ハッとした。

 なぜかマグヌスとテトスも呼ばれており王座の右側に立ってこちらを見ている。

 王の間の右側には明かり取りの窓があるが、逆光になった二人の表情は、王の間の入口からは読み取れなかった。


 ルルディは緊張してエウゲネスに挨拶したが、口の中が乾いてうまく言葉にならない。


「エウゲネス様、今度は女の子です、あなたによく似ている」

「私に似ているということはマグヌスに似ているということにもなるな」

「まだ疑っていらっしゃるのですか!? あなたが出征なさってからの月を数えてください。ちょうど九ヶ月、疑いなくあなたの娘ですわ」


 ルルディは乳母から子を抱き取り、エウゲネスの胸に抱かせようとした。


「よせ!」


 エウゲネスは鋭く制止した。

 王座の上で身体をひねって痛みがあったのか顔をしかめる。


 苦々しげに、


「月足らずで産まれることもある。現に小さいではないか……」

「エウゲネス様……あなたはテオドロスが産まれたたときもクサントスが産まれたときもご存知ないではありませんか!」

「産婆から聞いた。確かに一回り小さいと」

「そんな……」


 同じ兄妹(きょうだい)でも産まれ方は違う。

 どうしてそれを産婆は言ってくれなかったのか?


「恐れながら……」


 侍女が口を挟んだ。


「あの包囲戦を共に耐えたのです。皆餓えました。王妃様も、自分の食料を兵士に……」


 エウゲネスは返事をしなかった。

 相手にもしていないふうがありありと現れていた。


 ルルディは助けを求めてテトスとマグヌスの顔をかわるがわる見た。


 ふたりとも唇を引き結んで厳しい表情を崩さない。

 ルルディは倒れ込みそうだったが、母親の矜持がかろうじてその身体を支えていた。


「ルルディ、その子はマグヌスに与える」


 ついにエウゲネスが宣告した。

 産まれた子の生殺与奪の権は古の法により父が握っている。


「一点の疑念でも残っている限り、我が子とは認めん!」

 

 ルルディは食い下がる。


「初めて生まれた女の子なのですよ。(はた)習いの密儀にも行かせたいし、豊穣の女神の踊り手にも選ばれれば……」

「我が子ならばな」


 エウゲネスが突き放し、ルルディはついに泣き崩れた。


「さあ、早く連れて行け。乳母も一緒だ」


 目をぎらつかせて


「マグヌス、お前に女を与えるのは二人目だ。今度は殺すなよ」


 打ちひしがれて泣くルルディの背を、テトスがさすった。


「王のお気持ちが変わる日が来ないとは限りません。それまで大事にマグヌスが王女様をお預かりします」


 ルルディはしゃくりあげてテトスにしがみつく。

 初めての女の子。

 母としてやってやりたいことは山ほどある。


「ルルディ様、お寂しいでしょうがご辛抱を」


 テトスがさらに慰める。


「マグヌス、ルルディの子どもを引き取る旨、書類を作れ。テトスが証人だ」

「引き取るのは王女様です」

「父親の知れぬ不義の子だ。お前に心当たりがあるというなら、お前もルルディも生かしてはおかん」

「エウゲネス様、さすがにそれは……」


 マグヌスが立ち上がった。

 王座のエウゲネスを見下ろす形になる。

 この男にしては珍しく、怒りの表情を浮かべていた。


「執政官の職を辞します」

「ほう」

「テトス、申し訳ありませんが後を頼みます」

「マグヌス、短気を起こすな!」

「乳母殿、夫君は何をしておられる?」


 ためらいながら答える。


「包囲戦で石に当たって死にました」

「お子たちを連れて私と一緒に来てください」

「どこへ?」

「アルペドンまで」


 そこで向き直って、


「私が補佐を務めるのも不快でしょう。私はアルペドンに引っ込みます」

「マグヌス、私の子をそんな遠くへ!!」

「王女様に必要な儀式にはお連れいたします。お約束します」


 テトスが腕を組んでいた。


「次々と厄介事を……」

「執政官は国家第一の名誉職、お願いいたします」


 ルルディが叫んだ。


「もう一度抱かせてちょうだい!」


 胸に抱いた赤児へ、


「母にはどうすることもできません。無力な母を恨んでおくれ」


 マグヌスが赤ん坊を抱き取った。


「では、また参上します」


 背を向ける。乳母が後を追う。


「テオドラと! 名はテオドラと付けてください!!」


 マッサリア王家の由緒正しい名。


「承知いたしました」


 彼女を裏切ったことのない男の返事が返ってきた。



いよいよあと1話、夜8時ちょい前の更新で【突発更新まつり】はおしまいです。


第180話 ここちよい場所


応援よろしくお願いします。

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