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第十一章 177.濡れ衣

【突発更新まつりフィナーレ!】

「エウゲネス様……」


 馬車を出迎えたルルディは夫に取りすがった。


「やはり生きていらした!」

「早く王宮内にお連れしないと」


 テトスの言葉もどこ吹く風、涙を流れるままに、自分の頭から王冠を外してエウゲネスの頭に被せる。


「おかえりなさいませ」


 エウゲネスは痩せ細った手を差し出した。


「ルルディ……子ができたのか……」

「ええ、あなたの子ですわ」


 ドラゴニアが感極まったように、


「東帝国軍に包囲されていた間、王妃様は身重の身体でそれはご立派に指導者の務めを果たされました。(わたくし)もどれだけ励まされたことか……」


 ルルディが白布に包まれた剣を差し出した。


「あなたの剣、メラニコスたちが見つけてくれましたわ」

「おお……」

「ルルディ様、そのくらいにしてください。エウゲネス様には休息が必要です」


 干し草が多少緩衝材になってくれたとはいえ、長距離を馬車に揺られてきたのだ。

 まだ道路の凹凸の衝撃を吸収する仕組みは馬車に備わっていなかった。


「急いでお部屋にご案内しろ」


 エウゲネスは、夫婦の寝室ではなく、別の病室に運ばれた。


「痛みませんでしょうか?」


 丁寧にテトスが心配するのへ、


「痛んだ方がマシだ……脚が他人の脚のようだ」


 と不機嫌を露わにする。


「……ここならルルディ様のお部屋も近く、療養に専念できます」

「療養、養生、それが何になる!」


 彼はルルディが被せた王冠を引きむしった。


「いつ、私は王でなくなったのだ!」

「ご帰還を受けて評議会が議論しております。王位に復されるのも間近でしょう」

「本当か」

「先ほど、評議会のリュシマコスが見舞いに参りました」

「評議会など、あてになるか!」


 テトスは駄々っ子をあやすように辛抱強く言葉を継いだ。


「エウゲネス様、落ち着いてください。もう敵はおりません。あなたの王宮に帰ってきたのです」


 エウゲネスはルルディが渡した剣に愛おしそうに触れた。


「取り戻してみせる。一つずつ」

「それが良いお考えかと」


 ルルディが手配した侍女が甘い香りのする器を持ってきた。


「心を鎮める薬湯でございます。これをお飲みになってしばしお休みください」


 テトスが抱え起こし、エウゲネスは薬を飲んだ。


「では、お休みください」


 テトスは静かに部屋を出た。

 途端にめまいに襲われ、壁に手をつく。


「テトス様?」

「ああ、大丈夫だ。疲れが少し……」


 妻の待つ家まで帰りたかったが、無理そうだった。


「マグヌスを呼んでくれ。自分は限界だ」


 すうっと気が遠くなる。

 マグヌスが自分を呼ぶ声を聞いたような気がしたが、返事はできなかった。


「テトス、分かりますか?」


 今度ははっきりと聞こえた。


「あ?」

「まる二日眠っていましたよ」

「ここは、どこだ?」

「王宮の私の控えの間です」

「しまった。家に帰らなくては……」

「奥方ならもうお見えになって『あれだけ留守をしたのだからもう数日いようがいまいが平気』とおっしゃってましたよ」


 テトスは身体を起こして頭を掻いた。


「ダメだ……すっかり怒らせてしまった」


 応じるマグヌスの笑顔が懐かしかった。


「帰ってきたんだな……」

「ご心労お察しします」


 大怪我をしたエウゲネスを抱えて敵地を行き、潜伏する苦労。しかも彼の怒りのはけ口はテトスしか無かった。


「そういうお前は大軍を破った」

「いえ、あれはたまたま……」

「自分の手柄にしないところはお前らしいな」

「褒めるなら、ヨハネスを褒めてやってください。もう将軍職が務まるでしょう」

「大したものだ」


 立ち上がって異常がないことを確認すると、テトスは愛妻メリッサの待つ私邸に帰っていった。


「しばらくは幽霊扱いされるな」


 と、苦笑いしつつ……。



 他方、王宮のエウゲネスは、滋養のある食事を提供され、侍女たちに世話をされて大人しく寝ていた。


 例の薬湯の効果もあったのだろう。

 エウゲネスの寝息を確認して、侍女たちは小声でおしゃべりを始めた。


「やっと城の主のお帰りだわ」

「ルルディ様も安心ね」

「……でもせっかく帰っていらしたのに寝室は別なのね」

「そりゃそうよ、エウゲネス様はまずはお怪我を治さなきゃならないんだから」


 クスクスと笑い声がした。


「馬鹿ねえ。他の男が入った寝室へ入れる訳なんてないでしょ?」

「他の男?」

「分からないの? ほんとは分かってるんでしょ?」

「何のことよ?」

「ほら、マグヌス様がエウゲネス様に化けてお城に帰ってきた夜があるじゃない!」

「ああ! 包囲戦の始まる前」


 再び押し殺した笑い声が起きた。


「あの日ね。ルルディ様が妙に人払いなさった夜」

「そうそう」

「男と女、二人っきりで何が起きるかなんて、ね」


 バン、と盆を投げる音がして侍女たちは飛び上がった。


 眠っていたはずのエウゲネスが腕で上体を支え、起き上がろうともがいていた。


「エウゲネス様!」

「今の話、本当か?」

「……いえ、侍女などのたわごと、お聞き捨てくださいませ」

「聞き捨てならん!」


 腕の力が抜け、彼は寝台に倒れた。

 しかし声だけは大きく、


「ルルディを呼べ! 今すぐ!!」


 呼ばれるまでもなく騒ぎを聞きつけたルルディがエウゲネスの病室に姿を見せた。


「あなた、どうなさいました?」

「侍女たちが話しているのを聞いた。包囲戦の始まる前の日に、自分に化けたマグヌスがお前と床を共にしたというのは本当か?」

「確かに同じ寝台には寝ましたわ。ただ、あなたが想像されるようなことは誓ってしてはおりません」

「腹の子は誰の子だ?」

「あなたの子に間違いありません」

「マグヌスに指一本触れなかったと、嘘を嫌う運命の女神に誓えるか?」

「……指一本……」


 いや、彼には触れた。

 手も握りあった。ただそれだけ。


「誓えないのか」


 エウゲネスが声を荒げる。


「寝室にいらしてください。証拠をお見せしますわ」


 ルルディは落ち着いて答えた。







とんでもない濡れ衣。ルルディはどうはらすのか?


次回 第178話 証明


明日朝8時ちょい前にお会いしましょう。

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