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第十一章 176.ひっそりと

【突発更新まつりフィナーレ!】

 馬車はひどく揺れる。

 衰弱したエウゲネスの身体で耐えられるだろうかとテトスは心配した。


「ミタール公国に身を寄せられればこんな苦労はしなかったものを」


 彼は悔しがる。


「戦後、詫びの使者は来ている。小国が生き残るにはああするしかなかったのでしょう」


 ドラゴニアがなだめ役にまわる。


「エウゲネス様のお姿を見ても同じことが言えるか?」

「そんなにお悪いのですか?」

「考えてみろ、あれほど誇り高く戦場を駆け回った方が、荷物のように馬の背に揺られてあちらこちらと逃げ回ったのだぞ」


 ドラゴニアは口を閉ざした。

 会ってみないことにはエウゲネスの状態は分からない。


「お帰りになられてから医師にも見せようし神々にも祈ろう。だが、足の感覚まで失った者が再び立ったという例を自分は知らない」

「奇跡を信じます」


 テトスは憐れみを含んだ目で隣に馬を並べるドラゴニアを見た。

 彼女の乗る尾花栗毛の牡馬は、テトスが厩で選んだ青毛より一回り小さい。


「まだ暑いな」


 季節は秋の初めになっていた。

 東帝国軍が侵攻したのが冬だから、もうすぐ一年になる。


「気が急いて暑さを忘れていました」

「そろそろ昼にしよう」

「はい、一同止まれ! 昼の休みとする!」


 ドラゴニアの命令に、二十人の騎兵が一斉に下馬する。

 後方の輜重隊から焼き締めたパンと水、早生のリンゴが配られた。


「馬の世話が先だ!」


 急いで秣やら水袋やらが運ばれてくる。


「ゆっくり飲めよ」


 愛馬に声をかけてから、ドラゴニアはテトスの横に座った。


「それにしても、マグヌスのやつ、ずいぶん思い切った改革をしたのだな」

「マグヌスを王にという声が大きかったのですが、彼は固辞しました。その結果です。エウゲネス様が了承してくださると良いのですが……」

「自分は好都合だろうと思う。エウゲネス様が復位されても前のようにはいかん。補佐が必要だ」


 その言葉でドラゴニアはエウゲネスの状態の悪さを悟った。


「エウゲネス様……いたわしや」

「本人の前で哀れみの言葉は厳禁だぞ」


 ドラゴニアは口を押さえた。


「精神的にも不安定になっておられる。マグヌスが王位に就いていなくて良かった……」


 ルルディを巡って、二人の間に一悶着あったのは有名な話。

 マグヌスが王位に就いてルルディを妃にでもしていれば、エウゲネスは嫉妬で発狂するだろう。


「マグヌスの王位継承権は復活しております。そこは問題になりませんか?」

「大丈夫だろう」


 二人は黙々と昼食を摂った。

 パンの味は良いが、何しろ硬い。

 リンゴもやや渋い。


「ピュトンは死んだのだな」

「はい、メラニコスを守って……遺体は東帝国軍がまとめて葬ってしまったので回収できませんでしたが」

「遺体も残さぬとは、自分の代で一家が終わると言い続けていたピュトンらしい」


 しばらく経って、一行は再びエウレクチュス外れの大きな農場を目指して進み始めた。


「輿のほうが良かったか……だが、横になって輿には乗れぬし……」


 テトスは細々と考えていた。


 翌日。


「さあ、ここだ。自分は一歩先に行くから、ここの私道を通って屋敷に向かってくれ」


 テトスは青毛の腹を軽く蹴った。

 軽快に走る馬。


 馬車はゆっくりとその後を付いて行った。


「ようこそ参られた。預り人はきちんと手当しておりますぞ」


 館の主人に礼を言いドラゴニアは中に入った。

 こじんまりした農家である。


「こっちだ、ドラゴニア。エウゲネス様、ドラゴニアが迎えにまいりましたぞ」


 家具も少なく清潔に整えられた一室。

 だが、窓は閉ざされ、部屋は薄暗い。


「エウゲネス様……お迎えにあがりました」

「ドラゴニアか」

「そうです。お声を聞けて(わたくし)は安心しました」

「マッサリアの王位にルルディが就いているのは本当か?」

「はい。申し訳ありませんが、エウゲネス様をいくらお探ししても見つからず……王子テオドロス様が成人を迎えられるまで……」


 寝台の方からすすり泣く声がした。


「脚も効かず、王位は失い、これから私はどう生きろというのだ……」

「エウゲネス様、王都はエウゲネス様を待っております」

「ルルディに会いたい」

「ルルディ様が、すぐに迎えに行けとおっしゃったのです」


 咳き込む音がした。


「エウゲネス様、窓を開けてもよろしいでしょうか? (わたくし)はエウゲネス様のお顔が見たい……」


 返事は無かった。

 それを了解ととらえ、ドラゴニアは窓を開けた。


 秋の光が差し込み壁に明るい四角形を作った。


「エウゲネス様……」


 頬はこけて土気色、ヒゲも整えられず伸び放題、目ばかり充血してギラギラした男の寝姿が見て取れた。


「驚け。これが私だ」


 確かにドラゴニアは返事ができなかった。


「エウゲネス様、王宮に帰って養生いたしましょう」


 テトスが沈黙を破った。


「養生してこの脚が動くのか!」


 エウゲネスは癇癪を起こして布団を叩いた。

 窓から差し込む光線の中にきらきらと(ほこり)が舞う。


「希望は捨てないでください、エウゲネス様」


 ドラゴニアが思わず言った。


「馬車の用意がございます。もう少しの辛抱で王宮です」

「この身体を王都の市民にさらすのか?」

「いいえ、王はご無事とのみ伝え、密かに王宮にお連れいたします」


 納得したのか、エウゲネスは何も言わなくなった。

 ドラゴニアが合図し、兵たちがエウゲネスの身体をそっと支え、馬車の中の寝台まで運んだ。


「出血は無かったのだよ」


 テトスが繰り言を述べる。

 

「打ち所が悪かっただけで……」


 下手な相槌もうてず、ドラゴニアは隊列を整えて出発する方に心を砕いた。


「金には代えがたいが、心ばかり……」


 館の主人に銀貨の袋を手渡した。

 ルルディが仮の王となっても、銀貨には変わらずエウゲネスとルルディの横顔が刻印されていた。


「出発!」


 ドラゴニアは愛馬の他に青毛の手綱も握って号令をかけた。

 テトスはエウゲネスと共に馬車に乗り込んでいた。


 ひそやかに、できる限りひそやかに、エウゲネスは、葬儀一転祝賀の席がはけたあとの王宮に運び込まれた。




第172話を投稿し忘れていたので投稿しております。

独立した話だったので大筋に影響はありません。

失礼しました。


次回、第177話 濡れ衣


夜8時ちょい前にお会いしましょう。

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