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第十一章 173.新秩序

【突発更新まつりフィナーレ!】

 評議会とマグヌスは精力的に国政を改革した。


 最大の変化は、国内に定住する全自由民にマッサリア王国の市民権を与えるというものだった。

 これまではアルペドンの自由民がマッサリアに移住しても在留外人として特別に税を課されていたが、いよいよその障壁を取り払い、一つの国へとまとめ上げていく段階に入った。


 将軍たちの呼称はそのままに、ただ、領地経営は地区ごとの政務官に委ね、国家と評議会に従うこととなった。


「ピュトンが生きていればこんなことは許さなかったはずだ」


 メラニコスはぼやいたが、複数の同盟国や属国を従える大国家となったマッサリア王国は古い器には納まらなかった。


「その代わりに自由に腕が振るえる」


 提督ゲナイオスは前向きに受け止めた。

 もとから海を任され、運営してきた土地など無いのだ。

 彼は三段櫂船と乗組員たちに最大限の注意を払ってきた。


 ドラゴニアは複雑そうだった。

 マグヌスが王になったら妃にと、生のワインをあおっては父リュシマコスを責め立てていたのだ。

 こうまではっきり線を引かれてはと涙を飲んで引き下がる。


 政務官はその地区で人望のある者が選挙で選ばれたが、任期は三年、再任までしか許されない厳しさであった。彼らにはその地を統括するとともに、評議会との連絡役を密にすることが絶対である。


 評議会にも変化があった。

 従来の世襲貴族化した評議会には国家の役職を経た者たちが加わり、それとは別に市民たちから選ばれた代表二百人が「平民会」を結成した。

 時に応じて、広い国の果てからやってくる平民のためには、旅費が支給された。

 彼らは旧劇場で会議を開き、代表が評議会に意見を具申する形となった。


 国の収入は富裕層が自主的に納めるものと、国境などの関所や港の関税で占められていたが、その額は小さかった。

 

 多くを占めたのがゲランス鉱山からの収入だった。

 責任者ピュトンの死去により、ゲランス銀山はマッサリア王国の市民権を持つ者に開放された。国に一定の料金を支払って特定の鉱区を奴隷を使って採掘するのである。


 マグヌスと評議会議長リュシマコスは、二人で仮の王であるルルディに、改革の次第を報告した。


「マッサリアが生まれ変わるのね」


 そして、


「私は三年限りのお飾り。女なんてそんなものよね」


 と、自嘲するように漏らした。


 報告に上がった二人は慌てた。

 確かに、女性の地位はさほど上がっていない。


 女部屋から出るのが比較的自由になったのと、広場(アゴラ)での女の物売りが増えた程度である。

 議員にもなれなければ官職にはつけない。

 自由民で市民権を持つ者として区に登録されていてもだ。


「戦女神の神殿に、巫女たちの地位を神官に劣らぬものにするよう交渉してみます」


 とっさにマグヌスは答えた。

 王都を守った女たちの心の拠り所が、女神たちの神殿であった。

 

 ルルディはまだ憂い顔である。


「ルルディ様、国を治めるご心労を評議会が肩代わりしたのがご不満でしょうか?」


 リュシマコスが思い切って聞く。


「私はそれでいいの。ただ、テオドロスが王に選ばれたときに……」


 ルルディは口を濁した。

 彼女はそれなりに聡明である。

 夫のエウゲネス王と比べて、あまりに窮屈な王座になりはしないかと心配しているのだ。

 それを開けっぴろげに口に出すほど愚かではない。


「順調に成人され、王位に就かれてもまだ十二歳。失礼ながら補佐は必要かと」

「マグヌス、あなたが補佐してくれるというの?」

「誠心誠意」


 面を伏せると、マグヌスがまた伸ばし始めた黒髪が、まとめきれずにハラリと落ちる。


 皮肉なものである。

 幼王の補佐役とは、彼自身が仇と憎んだピュトンと同じではないか。


 テオドロスがどんな少年かマグヌスは仔細に知らぬが、成長するにつれ、補佐役を邪魔にし、(うと)ましく思うであろうことは、容易に想像がついた。


「分かったわ。先の王妃のこともあるし、評議会も心配よね」

「理解していただきありがたく存じます」

「改革とやらを続けてちょうだい」


 ルルディは居心地悪そうに王座に座り直した。


 彼女の言葉を受けて改革はなおも進んだ。

 

 解放奴隷たちに原則認められてこなかった土地所有権を認め、その子どもたちは市民として区に登録されることになった。


 奴隷の酷使も、再度禁じた。

 これまでも何度も禁じられてきたことだが、今度は罰則付きである。

 また、所有者が自由に決めていた奴隷解放までの年限を売られたときから最長十五年と定めた。

 若くして売られた者には、再度人生をやり直す機会が与えられたことになる。


 これは国家が所有している鉱山奴隷にも適用された。

 もうここで死ぬしかないと絶望していたインリウムの捕虜たちも生きて解放される可能性を見出し、歓喜した。


 新制度に慣れるまでには時間がかかるだろう。

 思いがけない不備も出てくるだろう。


 だが、マグヌスたちはこの大改革を三か月でやり遂げた。




 そのうえでマグヌスは、やっと取り戻した母ラウラの遺領となる、小さな区へ出かけて行った。

 これまでの感謝を、どうしても自分の口から伝えたいと思っていた。


「ありがとう。これまで支えてくれて」 

「マグヌス様、我らはやっと本当の主人を得ることができました」


 区長が嗚咽をこらえながら応対する。


「政務官とはうまくやっているか?」

「みんな戸惑いながらでさあ」


 遠慮のない子供の声が緊張を破る。


「マグヌス様、母さんの織った上着を着てる!!」

「ああ、しまった、礼を言うのを忘れてしまった」

「良いんですよ、下手くそな織物、みっともないったら……」

「何いってんだい、自分が織るって鼻息荒くしたのは?」


 どっと笑いが起こる。


 敵は撃退され、国政は改革され、今後生活は良くなっていくはずだ……そんな明るさにあふれた笑いだった。




どんどん進みます。

よろしくお願いいたします。


次回、第174話 再会喜悲


夜8時ちょい前にお会いしましょう。

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