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第十一章 171.空の王座

【突発更新まつりフィナーレ!】

 エウレクチュスの野にエウゲネス王の捜索隊が派遣されて一月が経った。


 戦象の恐怖を思い出して足を震わせながらテトス将軍の部下が証言したことによると、王とテトスは戦象が殺到する直前に丘の裏側に陣を移したそうだ。


「では、戦象部隊は、空の本陣を踏み潰したのか」

「エウゲネス様が生きていらっしゃる可能性が増した」


 急斜面の丘の裏側を探ってみたが、めぼしいものは見つからない。

 戦士の白骨死体や、錆びた剣など、そこらで見つかるのと同じものがあるばかりだ。

 伸びた夏草が捜索の邪魔をする。


「ドラゴニア、ちょっと来てくれ!」


 メラニコスの声に何事かと草をかき分けて近づくと、彼は一振の剣をドラゴニアに示した。


 錆びていない。

 柄は黄金造り、赤い宝玉が鷲の姿を象る。


「これは……エウゲネス様の剣!」


 マグヌスの持つ短剣と一対になって、彼らの家に伝わる剣。

 天から降ってきた星を鍛えて拵えたという伝説の宝剣。


「もしやこの近くに……」

 

 散らばった兵士たちを呼び寄せ、草を刈らせて徹底的に捜索する。

 それは日が落ちるまで続いた。


 残念ながら、剣以外何も発見されなかった。


「エウゲネス様にここで何かあったのか」

「わからん。テトスに至っては痕跡すら無い」


 結局彼らは剣だけを大切に持ち帰った。


「マグヌスよ、これで納得してくれるか」


 評議会はマグヌスを呼び出し、剣を見せた。

 白布に包まれた剣は冷たく光っている。


「汚名は(すす)がれ、権利は回復された。なぜ、そんなに王位に就くのを嫌がる?」


 ルルディのためにとは言えない。


「少し、考えさせてください」

「……今日一日。王座を空にしておくわけにはいかん」

「承知しました」


 その日彼に近付く者はいない。

 メラニコス、ドラゴニア、ゲナイオスの三将も、悩むマグヌスを遠巻きに見守るだけだった。


(自分は王座には就かない)


 それは決めていた。


(空同然の王座を守ってマッサリアを国として運営していくには……)


 彼は寝食を忘れて考えに考えた。


 翌朝、日が昇ると待ちかねたように評議会から迎えが来た。


 マグヌスは、開口一番、評議会を安心させた。


「マッサリアが求める責務は負いましょう」

「では、王位に……」

「私は王座には就きません」

「マグヌス殿、それは、発言が矛盾してはおらぬか?」


 マグヌスは頭を振った。


「王が欠けても国は動きます」

「頭の無いニワトリが走るようにか!」

「皆様方には思い出していただきたい。旧帝国が分裂した直後、マッサリアは王をいただかずに国を動かしていたことを」


 議員たちは顔を見合わせた。


「……執政官(アルコン)の制度か」

「その通り。力を得た執政官が世襲化し、さらにその一部が諸王の一族として(バシレウス)を出すようになった。この経過はご存知でしょう。民会よりは新しい制度なのでご安心を」


 マグヌスの顔に微笑が広がる。


「私を執政官に任命してください。空の王座に誰が座ろうとも、全力でマッサリアと王を守ります」


 評議員の一人が発言を求めた。


「それは、王同然に国政の全責任を負うということか?」

「はい」


 爽やかな回答に議場は静まり返った。

 沈黙に耐えかねたように、


「それがルルディ妃であってもか?」


 最も弱いところを突いたつもりだったのだろう。

 男尊女卑のマッサリアで「女のもとで働く」とは、と。


「もちろんです。先の王妃の実例もある。テオドロス王子が成年なさるまであと三年、ルルディ様を仮の王座に」


 我が子の王位を心配していたルルディには一番安心できる体制だろう。


「ルルディ様は妊娠中だ。ご出産を控えている。それでも大丈夫だろうか?」

「ルルディ様には良き産婆と乳母を。出産、育児の負担を軽くして差し上げてください。まずご出産絡み、その他いっさい何があっても私が国を守ります」

「ご出産後、テオドロス様の成人を見届けるまで責任を持つと?」

「執政官の任期は五年、十分見守ることができます」


 マグヌスは演台から降りた。


「……マグヌスは単に王位への野心が無いだけで、国防意識はあるらしい」

「この度の防衛戦でルルディ様は立派に王の代役を務められた。マグヌスが力を貸すなら、問題はあるまい」

「執政官を再び導入すると、国政に色々手直しが必要ですな」

「マグヌスがどこまで考えているか問いただしてみよう」


 再び彼は演台に立った。


「テオドロスの子、マグヌスよ、執政官以外は今のままで良いのかな」

「例えば将軍職は戦時に限られるでしょう」

「地方行政も変わるな」

「まずは中央、その後徐々に地方を改革すれば良いかと」


 そこで間をおいて、照れくさそうに鼻を掻くと、


「テオドロスの子、という名乗りは辞退させていただきたい。私の諸権利を回復してくださった評議会には感謝するが、私は王妃ではなく側室ラウラの子、マグヌス」


 彼は自身の着用する着物(キトン)を指さした。

 母ラウラの遺領の人々から贈られた白に臙脂の縁取りのある着物。

 同じ意匠で華やかな銀の織り込まれた上着(ヒマティオン)


 彼が自分の素性を告白してからわずかな間に織り上げられた見事な衣装。それはマグヌスの帰還を渇望していた領民の心持ちを示して余りある。


 彼の不遇の時代にも何かにつけ衣装や金品を贈って、彼の活動を支えた者たち。

 今度は彼らに報いてやる時だとマグヌスは考えていた。


 評議会は再び審議に入った。

 

「エウゲネス様の下で、王権は大きくなり過ぎた。マグヌスが議会の完全な支配下となる執政官として実権を握るならむしろ議会には好都合」


 大方そのような同意がなされ、マグヌスは五年期限の執政官に任ぜられた。

 ルルディ妃にも決議内容は知らされ、彼女は、


「お受けいたします」


 と使者に答えた。

 そして、エウゲネスの葬儀をどうするのか、逆に尋ねた。


「ご意向を受けて評議会が日時を定め、滞りなく立派に行わせていただきます」


 


 

 事態は、新しい時代へ歩み始めた。





たくさん読んでくださり、感謝の思いでいっぱいです。

ありがとうございます。


第172話 新秩序


次はお昼ちょい前にお会いしましょう。

今度は遅刻無しで(笑)。

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