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第十一章 166.興奮

【突発更新まつり実施中!】

【新章突入です!!】


 王都の五つある門は久々に開け放たれた。


 ダイダロスたちの逆襲を警戒して守備は厳しいものの、ともかくも王都は解放されたのである。


 マグヌスはわずかなマッサリア兵を連れて、正面にあたる東の門から凱旋した。


 投げる花とて無いが、女たちは、織りかけのもう用のない亜麻布を振って出迎えた。

 後の詩人が「亜麻布の勝利」と歌ったゆえんである。


 この前王都が脅かされたのは、いつだったか。

 危機を脱した王都は、歓喜の声に包まれた。

 

 マグヌスたちは、王宮へと真っ直ぐ続く大通りを行進した。短い隊列だったが、それはマッサリア兵以外を帰してしまったため。

 短いとはいえ、大柄な鹿毛にまたがる白銀の鎧に真紅のマントを翻した人物の威厳を損なうものではなかった。


「南征の時より地味だが、あの時より喜びは大きい」 


 年寄りがつぶやく。

 

「比べちゃいけねえぜ、今回は東帝国軍の大侵攻だったんだから」


 まだ武具を携えた若者が、顔を上気させて言う。


 王宮の前庭では、ドラゴニアとメラニコスがマグヌスを迎えた。


「エウゲネス様、計略お見事」


 犠牲になったレステスたちのことを考えると、マグヌスの心にチクリと刺さる物がある。

 だが、今はまだエウゲネスだ。


「二人ともご苦労。敵は去った」


 そこでバサリと大きく真紅のマントを跳ね上げると、


「インリウムの市民に、僭主の醜態を告げる急使を立てよ。そして最低限の見張りを残し、部隊を解散させる。王都にはもういくらも食糧は残っておるまい」


 常勝エウゲネス王……彼ならば勝って当然と思われており、王都の住民たちは一通り勝利を祝うと日常生活に戻っていった。


 半月以上かかったが、リマーニ港からレーノス河を経由してゲナイオスたちが船に積んでいた穀物が運び込まれ、王都の住民は束の間空腹を忘れた。


 哀れだったのはセレウコスである。

 彼は両手首を細縄で結わえられ、歩兵が二人、縄尻を取った。髪は伸び放題、目は虚ろ、足は裸足でよろめきながら歩いていた。


 彼は即座に評議会にかけられた。

 議場に入れるのも穢らわしいと、詰問の場所は表通りが選ばれた。群衆が取り囲む。


 身元の特定が終わると──それに難渋するくらい面窶(おもやつ)れしていたのだが──評議会議長リュシマコスは重々しく告げた。


「セレウコス、侵略者のために何をした」

「……道案内を」

「侵略者のために働いたのだな?」

「誓って、誓って誰も害してはおりません。ここの道はどこへ通じると、殿下に申し上げただけで……」

「殿下とな?」


 その一言が評議会の怒りに火をつけた。

 マッサリアも、すでに滅んだルテシアも、アルペドンも市民は平等である。確かにアルペドンの王族やマッサリアの諸王の一族など尊ばれる血脈はあるが、それでも軽い敬称を付けて「名」を呼びあう。


「侵略者を殿下と呼んだな」


 失言に気付いてセレウコスが弁明しようとしたが、時既に遅し。


「古の法に(のっと)り逃亡者セレウコスを改めて追放する。すべての法の庇護は失われる」

「お待ちを! リュシマコス様。評議会に椅子を並べた仲ではありませんか!」


 その言葉が終わらぬうちに、拳大の石がセレウコスにぶつけられた。


「ひえっ」


 しゃがみこんだ彼の頭部や背中を次々と投石が襲う。


「……お慈悲を」


 哀れみを乞うて顔を上げれば、顔面に石がめり込む。

 男も女も、子供さえもこの裏切り者に石を投げた。


 ぼろ切れのようなセレウコスの衣装はたちまち朱に染まった。


──石打ち──。


 最も素朴にして残酷な処刑。

 法の庇護が失われるとは、このような事態になっても誰も止める者も咎める者もいないということだ。


 動かなくなったセレウコスを誰かが爪先でひっくり返す。


「死んでる」

「北の崖から突き落とせ!」

「おうさ!」


 セレウコスは生きていたときそうだったように、数人の屈強な奴隷に運ばれて北の門に運ばれた。


 マグヌスは一連の騒ぎを鹿毛の上から無表情に眺めていた。


「スキロスたちのように溺れ死んだほうが楽だったか?」


 裏切り者の始末が終わると、籠城していた兵士たちは農民に戻り、近隣の村の畑の被害を確認するために短い旅をした。


「今年の小麦はダメだな」

「ソバなら間に合うか」

「豊穣神の御心次第」


 それよりも彼らをがっかりさせたのは、果樹園の被害だった。

 オリーブ、ブドウ、アーモンド、サクランボ、アンズ、イチジク……あらゆる果樹が切り倒され、投石機や薪にされていた。


 苗を植えて再び(みの)りを得るまでに何年かかるだろう。


「王都に帰るしかない」


 王都では、王妃ルルディが先頭に立ち、貧民たちに炊き出しをしている。


「今は王妃様のお恵みにすがるしかあるまいて」

「勝利をもたらしたエウゲネス様とともに慈悲深い王妃様に神々の祝福を」


 マグヌスは王都の外に幕屋を張り、万が一に備えて警戒の指揮を取った。


 彼はわかりきった板挟みに苦しんでいた。

 本物のエウゲネスを探しに行きたい。だがそのためには自分がエウゲネスではないと白状しなければならない。

 評議会がそれをなんというか。


 緊急やむを得なかったこととして、指揮権の簒奪を見逃してくれるか否か。


 せめて同じ戦場にいたメラニコスやドラゴニアに行方不明前後の様子を聞きたい。

 しかし、二人ともマグヌスを信じ切っている。


 ルルディにしても、何も言ってこないが、夫の安否は知りたかろう。


 「義兄上、テトス、無事でいてくれ。」


 論功行賞の雑務に追われ、じりじりしながら一月ほど経ったころ。

 

「エウゲネス様、評議会からこの度の勝利を精査すべく、呼び出しが来ました」


 ついに来たか、とマグヌスは思った。

 暴露されるならここだ。


「わかった。衣装を改めてからすぐに行くと伝えてくれ。ヒゲも剃りたい」


 心配そうな従卒に、


「大丈夫だ、お前たちが王のものである武具をその義弟に貸したことは問題にされないよ」

「マグヌス様……」


 彼は笑って見せて、脱いだ兜を軽く叩いた。


「武装して評議会会場に入るわけにはいかないからな」

「その……エウゲネス様の衣装で?」

「仕方がないだろう? マグヌスの衣装は軍隊と一緒にアルペドンへ帰ってしまった」


 過労だというテラサの容態はどうだろう。

 ルークがいるから大丈夫だとは思うが……。


「さあ、着替えだ。手伝ってくれ」


 マグヌスは従卒たちと幕屋に入った。




 


【突発更新まつり】実施中にて、明日も更新します。


第167話 仮面が落ちる時


夜8時ちょい前をどうぞお楽しみに!!

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