第十章 165.解放
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王都に解放が告げられると同時に、リマーニ港を巡って小競り合いを続けていた両者にもそれぞれ使者が飛んだ。
問題は裏切ったインリウムの海軍だったが、東帝国海軍は喜んで生贄に差し出した。
インリウムの三段櫂船は接収され、乗組員たちは捕虜としてゲナイオスの管理下に置かれた。
「戦って海に沈むならまだしも、山の横腹に閉じ込められて銀を掘るのか……」
「鉱山に入れば十年もたぬとの噂だぞ」
「シデロスよ、我らの運命を悪い方に変えた張本人、どこにいる」
十分に海軍の力を発揮できず不機嫌なゲナイオスは捕虜たちに「鉱山送り」を早々と宣告していた。
東帝国海軍はアンドラスの指示とゲナイオスの許可のもと、港に留まった。
「殿下がこちらへいらっしゃるそうだ」
「四万もの兵が全滅したと言うではないか。殿下だけでもご無事で良かった」
マグヌスは、アンドラスたちを晒し者にして辱めることなく、リマーニ港まで同行した。
素性が知れぬよう護衛はわずか十人ほど。
「折よく春の西風、海路のほうが弱った身体には良かろう」
「エウゲネス殿、御配慮感謝する」
アンドラスは、咳が止まないシュドルス将軍の体調を心配してくれたマグヌスに礼を言う。
この頃になるとアンドラスも「たかが小国の王」と侮ることは無くなり、物言いも丁寧なものに変わっていた。
「世界は広い。貴国と我が帝国とで分かち合ってもなお余りある」
「南方が手つかずですからな」
マグヌスも軽い冗談を飛ばす。
「ご帰国後は針の筵でありましょう。だが、ここにもお味方があることをお忘れなく」
「簡単に返事はできぬ」
「もちろん」
シュドルスが感極まって声を上げた。
「戦を挑んで味方を得るとは。ものを知らぬ我々が愚かであった」
「シュドルス将軍、身体をいたわって主を大切に」
「過ぎたる御言葉、感謝申し上げる」
敵の総大将の処遇は本来評議会の意向を受けて行うべきところ。
マグヌスは独断で行った。
「早く船に乗りなされ、皇帝の皇子を乗せるのは、船乗りの誉れに違いありますまい」
言う側から、ひときわ大きな旗艦の乗員たちがわらわらと迎えに降りてくる。
「エウゲネス殿、またいつか」
「叶うならば同じ人として」
アンドラスはこの言葉の意味を中途半端にしか理解しなかった。
敵味方ではなく……と彼は解した。
生まれながらの皇帝の血脈、敬われて当たり前の日常。
エウゲネスを演じるマグヌスが、唯一彼自身の言葉として発したものとは当然ながらわからなかった。
王子の身から烙印を受け、ただの人以下の身に落とされて辛酸を舐めたからこその「人が人である」ことの意味。
アンドラスは下馬した。
「良き馬よ。叶うならば連れ帰りたい」
「アルペドンは名馬の産地。朗報を得た暁にはよりすぐりを献上しよう」
「さらば」
マグヌスは、アンドラスたちの姿が見えなくなるまで見送った。
「行ったな」
次々と三段櫂船が港を離れるのを見ながら、一歩下がっていたルークがつぶやいた。
「王都を囲んでいた連中も引き上げていく頃でしょう。無事帰れればよいが」
敗軍に世の風は冷たい。
帰路には、復讐心に燃えるルフト侯領、大湿原、リドリス大河がある。
ダイダロスがいくら優秀でもすべての難関を超えて行けるかどうか。
「故郷の土を踏めるのは半分程度かと」
「アンドラスを船で返したのは正解だな」
「評議会が恐ろしいですが」
マグヌスは笑いを含んだ声で返した。
「さあ、解放された王都に戻りましょう」
「そうだ。皆が解放者エウゲネスを待っている」
帰途、マグヌスは無惨に踏み荒らされた麦畑に心を痛めた。
切り株ばかりになってしまった果樹園も。
古い神殿さえ冒涜され、石材を持ち去られていた。
そして自身が湖底に沈めた四万の軍隊。
シュドルスが涙ながらに聞かせてくれた戦象たちの最期。
彼はそれらを封印した。
エウゲネスならば一顧だにしない瑣末事。
自分は侵略軍を撃破して王都も解放した英雄である。
アルペドンから付いてきてくれた軍が、王都の周囲を警戒している。
「はるばるご苦労。この度の勝利は何を置いてもアルペドン兵の活躍による」
「我々は義務を果たしたに過ぎません」
「ヨハネス隊長、褒美は後ほど王都を守り抜いたマッサリア軍の働きと勘案して取らせよう。皆のものも楽しみに待っておれ!」
堂々とした態度にマグヌスを疑う者はいない。
「ところでミソフェンガロの子たちはどうした?」
「途中の野営地に護衛を付けて留まらせております。フリュネも一緒に」
「彼らが亡くした者たちの働きが無ければ、計略は成功しなかった。今後も賓客として遇するように」
「フリュネもですかい?」
ヨハネスが小声で言い、聞き取れた者たちがどっと笑った。
「みんな、帰るぞ!」
一転、気を引き締めたヨハネスが号令を発した。
テラサ始め、足弱な女たちには馬車が用意された。
揺れはひどいが、こうでもしなければ帰路を急ぐ男の足にはついて行けない。
「ルフト侯領の諸君、よく戦ってくれた。帰国に際し、食糧と銀貨十枚ずつを与えよう」
「それよりも、東帝国軍を追撃したい」
「そこは各々の判断に任せる。帰国して祖国を再建なさると良い」
食糧を運ぶ荷駄隊だけを受け取って帰途を急ぐルフト侯領の兵たち。
敗走していたのをドラゴニアがまとめた兵たちだったが、よく働いてくれた。
「さて」
王都に向き直ると、メラニコスとドラゴニアの姿が見えた。
敵に対して固く閉ざされていた王都の門は、今や大きく開いてマグヌスたちを待ち構えていた。
「俺は行くぞ」
ルークが身を乗り出した。
「テラサにお前が無事凱旋したと伝えてやる」
「毒が出た様子はありませんよ」
「それが信用できねぇからテラサが心配するんだよ」
マグヌスは恥ずかしそうに髪をかきあげた。
テラサに切ってもらってから随分伸びた。
見苦しい無精髭も多少目立つ。
「さあ、私も行きます」
マグヌスは鹿毛の鼻面を王都の門真正面に向けた。
【突発更新まつり】実施中にて、明日も更新します。
第166話 興奮
新章に入りますが、かまわず更新します!
夜8時ちょい前をどうぞお楽しみに!!




