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第十章 163.主従

【突発更新まつり実施中】

 マグヌス演じるエウゲネスは、逃げぬことを神々に誓わせたうえでアンドラスとシュドルス主従に破格の待遇を許した。


 衣類は王族にふさわしい物を着せ、帯刀、騎乗させた。

 幕屋は主従同じにさせ、見張りこそ立てたが中では二人が自由に話せるようにした。


「良いのか? 示し合って逃げるかも知れないぞ」


 ルークが忠告する。


「覚悟を決めた二人です。それは無いでしょう」


 マグヌスは鷹揚に答える。


 夕暮れ時、人手にも時間にも余裕があるのでパンを焼くいい香りが漂う。間もなく鹿やらウサギやらその辺で手慰みに捕らえた獲物が、祖霊神と戦女神に捧げられた後で、切り分けられ、配給されるだろう。


 二人は馬を並べて話をしていた。


「それよりルーク、私の幕屋に行って、テラサの様子を見てくれませんか?」

「テラサの?」

「はい、ずっと彼女任せだったので心配で」

「女のことで気をもむ奴だな。まあ良い、行ってくらあ」


 別の幕屋と言っても、一つになって王都へ向かう帰り道、それほどの距離は無い。


 近づくと、女の金切り声が響いてきた。


「なんだ、なんだ?」


 ルークが下馬して近くの兵に手綱を委ねると、罵声はますます大きくなった。


「だから、マグヌスでも良い、エウゲネス様でも良い、どっちかに会わせてよ!!」

「お二人とも駄目です。禁じられています。あなたがそんなに責め立てるものだから、可哀想に、テラサは寝込んじゃったじゃない!!」


 これは一大事と、ルークは女たちの幕屋の前で咳払いすると、中に入った。


「ルーク!」


 仇敵でも見つけたような声を上げたのは……。


「フリュネ……なんでお前がここにいる?」

「マグヌスに会いに来たのよ。王都には居ないって言うから……」


 侍女が一生懸命目配せをしている。


(ああ、この侍女も知っているのだな)


 ルークは、顔を恐くして、


「マグヌスなら寝込んでいるんだろう、それなのに会いたいとは無作法な女だな」

「じゃあ、エウゲネス様でも良いわ。私の話を聞いてよ」

「おっと、エウゲネス王も駄目だ。敵の大将を捕まえてそれどころじゃないからな」

「もうっ、みんなテラサと同じことを言う!!」


 奥からひょこっと少女が顔を出し、


「おかあちゃま、そんなに怒鳴らないで……」

「誰だ? おかあちゃま?」


 面食らったルークに、


「私に娘が居ちゃおかしいかい。私とアウティスの娘だよ」

「それがなんでこんなところに……」


 フリュネは地団駄を踏んだ。


「戦争! あんたたちが好きな戦争のせいさ! この分じゃ別荘も略奪されてるわ」


 これではテラサが寝込むのは当然と、ルークは同情した。


「戦争ならほとんど終わったも同然だ。どこへでも行けば良い」

「何よ、このままマッサリアの王都へ戻るんでしょ。私たちも行くわ」

「もしかして食い物が無いのか……」


 少女が泣き出した。

 虫の湧いた穀物袋を思い出したのだ。


「プリーや、お前が悪いんじゃない。泣かないで」

「一緒に来るのは構わんが、もう少し大人しくしろ」

「いいのね」


 フリュネはニヤッと笑って侍女を見た。


「これで私を邪魔者扱いできなくなったわね」

「それより、テラサの容態はどうなんだ?」

「お疲れです。無理もないことと」


 再び目配せする。


「お、テラサ、大丈夫か?」


 ルークの声に起き出してきたらしい。

 見る影もなくやつれたテラサが、奥につながる幕屋から出てきた。


「良くここで止めてくれた……すべてが水の泡になるところだった」


 テラサは痛々しい笑みを浮かべた。


「マグヌス様のことはすべて引き受けましたから」

「無理させたな」

「お言葉だけで」


 テラサはすぐに奥へ引っ込んだ。


「今夜はパンだ。もしテラサが食べられないようなら粥を用意させる」

「あれでも随分元気になられたんですよ。水攻めが成功するまでは、心ここにあらずで」


 それは自分も同じだとルークは思った。

 自慢の戦象部隊を屠って東帝国軍を激怒させ、ミソフェンガロの麦畑まで誘導して一気に水攻めでかたをつける……こんな気の長い作戦は、マグヌスでなければできないことだ。


「王都の門を最初にくぐるのはマグヌスにしてやりたいな」


 女たちの争いの場を後にして、ルークは誰にも聞こえないようにつぶやいた。




 二万数千の軍勢が王都に近づくと、当然、東帝国軍のダイダロス将軍から接触があった。


「殿下を捕らえたというのは真か?」


 言葉を費やさず、マグヌスは使者とアンドラスを会わせた。


「本当だ。今は囚われの身だ。王都から兵を引け」

「殿下……」

「水攻めの罠に落ちて、四万の兵は全滅した」

「まさか」


 アンドラスは使者の耳元でささやいた。


「皇帝陛下がセレウコスに『河の水が流れを変えたか』と言わなかったか? ピュルテス河の流れは変わっていた。あれが神意だったのだ」


 神意と聞いて使者は震え上がり、ダイダロスのもとへ駆け去った。


「カクトス……真に神意が働いたと思うか?」

「敗北に動揺して物事を悪くとらえるのは人の身にありがりなこと、私に百名の騎兵をお貸しください。アンドラス様を救出できないか試してみます」


 その夜、禁を破ってカクトスはマグヌスの本陣に夜襲をかけた。

 使者から、アンドラスは本陣にいる旨聞き取っていたからだ。


「夜襲!」


 馬蹄の音に耳ざとい歩哨が叫ぶ。


「夜勤番、先に進め!」


 この辺はマグヌスの指示がなくても、兵たちが自発的に判断する。


「夜襲をこちらに入れよ!」


 武装したマグヌスが思い切った命令を出した。


「アンドラス、シュドルス、逃げぬと誓ったな」


 二人はうなずく。

 すぐに騎兵隊がなだれ込んできた。


「アンドラス殿下!」

「カクトス!」


 二人は一瞬見つめ合った。


「殿下、こちらへ。救助に参りました」


 馬上へと誘うカクトスにアンドラスは頭を振った。


「行けぬ、いや、行かぬ。私もシュドルスもエウゲネスに逃げぬと誓って入るのだ」

「たかが幾片かの言葉、囚われるのは愚かなわざかと」


 アンドラスはカッと目を見開いた。


「我らはピュルテス河の神に敗れたのだ。これ以上神々を冒涜することはできぬ」


 二人とも一歩もカクトスに近寄ろうとはしなかった。

 手を伸ばせば触れる位置。


「殿下、必ずやお救い申し上げる」


 カクトスはそう言葉を投げるので精一杯だった。


 


【突発更新まつり】実施中にて、明日も更新します。


第164話 反抗の種


夜8時ちょい前をどうぞお楽しみに!

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