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第十章 159.ミソフェンガロ

【突発更新まつり実施中】

 帝国軍は戦うかいのない追撃に疲れ、ミソフェンガロの広い麦畑とその中心にある村を一時の骨休めに利用することにした。


 ミソフェンガロの村はまるで避難など考えていなかのように、たっぷりの穀物に家畜、家財道具ほとんどがそのまま残されていた。


 四万の兵にはとても足りないが、とにかく戦果を上げたという実感が彼らの足を重くした。


 冬の霜も無い、厳しい北風も無い。


 だがここでも追撃派と王都攻撃派のいがみ合いは続いた。


「今からでも遅くない。ダイダロス将軍を助けて王都を落とすべきだ」

「いやいや、眼の前にいるエウゲネスを討てぬとあっては帝国の名折れ、あと一歩、こちらの馬が早ければ……」


 駆け比べ、馬上の戦いでは、帝国軍はアルペドン軍にはるかに劣った。

 アルペドン軍は騎兵隊そのものが生き物ででもあるかのように自在に帝国軍を攻撃し、また、退却し、勢いに乗っているはずの帝国軍に安息の時を与えなかった。


 戦場がアルペドン領内に移った時点で、グーダート神国軍は「マッサリア防衛の戦いの意味は無くなった」と判断し、独自に軍を引き上げていた。

 エウゲネスを演じるマグヌスもそれを了承した。


 これを見て他の同盟国軍も帰途についた。


「アルペドンのことはアルペドンに任せろってことさ」


 ルークがうそぶいた。


 この動きを帝国軍はマッサリア軍の崩壊の予兆ととらえ、いっせいに追撃に転じたのだが、戦う相手が入れ替わっていることには気付かなかった。


 騎兵隊の先頭には、鹿毛をたくみに御し真紅のマントを翻した指揮官が常にいたのだから。


「今のほうがかえってやりやすくなりました」


 ヨハネスまでがそう口にする。


「敵は四万の大軍だ。気を抜くな」


 マグヌスはもっともなことを言ってみせる。



 その頃、テラサはしつこい嘆願者に悩まされていた。

 身汚い(なり)の、子どもと年寄りの群れ。


「どうしてもマグヌス様にお会いしたいのです」


 引きずりそうな剣を腰に帯びた少年が、いっぱしの口をきく。


「ですから、マグヌス様は毒にあたって容態がお悪いのです」

「ミソフェンガロから来た……そう言っても会ってくださいませんか?」

「遠いところから来たのね。でも駄目よ」


 少年は地団駄を踏んだ。


「俺はレステスの息子だ。ミソフェンガロはすぐそこだ。そう伝えるだけでも伝えてくれ」


 テラサは迷った。


「俺の父も母もミソフェンガロを守って死ぬんだ! マグヌス様! 助けてくれ!!」

「シッ、静かに。わかりました」


 とうとうテラサが譲歩した。


「代わりにエウゲネス王がお会いになります。それでどうですか?」

「俺はマグヌス様に会えと父に言われている」


──頑迷な子ども──。


 テラサは額に手を当てた。


「エウゲネス王がすべてご存じです。ミソフェンガロのことも、父上のことも」


 彼女はじいっと少年の目を見つめた。


「ロフォスや、この方の言うことをお聞き。吾らを悪くしようとは思ってらっしゃらんよ」


 例の老婆が彼に耳打ちした。


「そうか……王様だもんな」

「紹介状を書きます。水とパンを持っていっていいわ」


 それで話が片付くかと思ったら、頓狂(とんきょう)な声が上がった。


「エウゲネス様にお会いできるの⁉️」


 フリュネである。


「テラサ、お前、嘘言ってはないわね!」

「フリュネ……どうしてここに……」

「この人たちに助けてもらったのよ。みんな、エウゲネス様にお会いできれば大丈夫よ」


 テラサは頭を抱えた。

 フリュネは影武者を見抜くだろう。

 会わせてはならない。


「あなた、怪我が酷そうね。私が手当てしてあげるわ。ここにとどまりなさい」

「ふん、出世したものね。すっかりここを仕切っちゃって」

「止めろ!」


 少年が怒鳴った。

 

「フリュネ、プリー、約束通りマグヌス様のところまで連れてきてやった。荷車を降りろ」


 プリーが、ぴょんと飛び降りた。


「わかったわよ……」


 フリュネはだるそうに身体を起こし、荷車から這い降りた。


 ふう、とテラサはため息をつく。

 マグヌスが行ってしまってから、すっかり痩せてしまったようだ。

 秘密は守り抜いている。

 空の幕屋は時に応じて畳まれ、広げられ、無人の輿がその主を演出していた。


「疲れた……」

 

 彼女は侍女たちがフリュネとプリーの世話を焼くのを幕屋の入口に座り込んでぼんやりと眺めた。




「なに、ミソフェンガロからの者だと!」


 応対に出たヨハネスが驚いた。


「子どもばかりじゃないか、みんなで避難してきたんじゃないのか?」


 その驚きはマグヌスも同様だった。


「レステスはどうしたのだ!」


 一瞬、立場を忘れて口走る。


「ミソフェンガロを守って、みんな死のうとしています。助けてください、王様!」


 ルークが唸った。


「……間に合わん」


 突然、マグヌスは笑い始めた。

 喉を引き裂くような、異様な笑いだった。


「レステスよ、ミソフェンガロの民よ、感謝する」


 ピタリと笑い納めて、


「ヨハネス、誰が帝国軍をミソフェンガロに誘導するかという課題が無くなったぞ!」

「……レステスたちが……犠牲に……」


 ヨハネスも山賊退治の件でレステス一党には浅からぬ縁がある。


「ロフォスよ、レステスの子よ、お前たちの身はこの私が引き受けた」


 マグヌスは膝をついて少年の身体を抱きしめた。


「よくぞ、生きてたどり着いてくれた!」


 そして、大きな声で部下に命じた。


「この者たちを賓客として遇せよ!」


 さらに、


「計画を進める。アルペドンの治水責任者ディオルコスを呼べ!」



【突発更新まつり】実施中にて明日も更新します。


第160話 なんの勲もなく


夜8時ちょい前をどうぞお楽しみに!!

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