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第十章 158.レステスの意地

【突発更新まつり実施中】

 コカロは欲情をあらわにして、主人の娘に遅いかかった。 

 大人の女より柔らかな女児の身体に手を這わせる。

 夢中になって幼女を貪ろうとするその汚いむき出しの尻が、思い切り蹴り飛ばされた。


「ガッ!」


 コカロはつんのめって顔を地面に突っ込んだ。


「……誰だ!」


 濡れ落ち葉を払い除けて立ち上がったコカロは、プリーを背中にかばって、自分に剣を向けている黒髪の少年を見た。


「なにしやがるんだ!」


 自分の半分ほどしかない少年に恥をかかされ、コカロは激怒した。

 短剣を抜き放ち、じりっと少年に迫る。


「大丈夫かい?」


 少年は背中のプリーに聞いた。少女はうなずく。


「てめえ!」


 コケにされた男は短剣を突き出した。

 少年はひらりと体をかわすと、コカロの足をはらった。


「むごっ!」


 コカロはもう一度地に這った。


 少年は、間髪を入れずコカロの短剣を握る拳を踏みにじった。


「……ってえ!」


 無様に声を上げて短剣を手放す。少年がすかさず短剣を遠くへ蹴った。


「殺してほしいか?」


 少年は、プリーに聞いた。

 少女はぶんぶんと頭を振った。


「殺さないで! それは私たちの奴隷なの」


 やっと身体を起こしたフリュネが小さな声で抗議する。

 この事態になっても、奴隷すなわち自分たちの財産を失うのを惜しんだのだ。


「あんたが娘の母親か」


 フリュネはうなずく。


「なら、守れ!」


 プリーは母のところに駆け戻った。


「おかあちゃまは怪我してるの」

「見ればわかる」


 少年は剣を納めた。


「俺はロフォス。ミソフェンガロに土地を頂いたレステスの息子だ」

「私はプリー、アウティスとフリュネの娘……」


 いつの間にか窪地の周辺は子どもと老女という、異様な集団に取り囲まれていた。数人交じる若い女は、いずれも大きなお腹を抱えた妊婦だった。


「ロフォスや、どうしたんだい?」


 ひときわ年かさの老女が口を開く。


「物見に出たら、こいつが」


 と、奴隷を指差し、


「このお嬢さんにけしからんことをしてたから懲らしめたのさ」


 なんでもないことのように言う。


「俺たちはミソフェンガロからマグヌス様の所へ避難する途中だ。あんたたちは……」

「私たちも避難してたの。でもおかあちゃまが矢に当たって動けなくなって……」


 プリーは、神に祈るように手を合わせて膝をつき、少年を拝んだ。


「お願い。私たちも連れてって」

「お願いします。きっと側には夫がいるわ。マグヌス様の知り合いなの」

 

 集団がざわめいた。


「マグヌス様の知り合いだって?」


 そんな声が聞き取れた。


「ロフォスや、これも祖霊神のお導き、荷車に乗せておやり」

「いくら婆様でも無理だ。もう隙間がない。祖霊神のお導きなら別の助けが来るだろうさ」


 老婆は、半ば目が見えないのだろう、手探りしながらプリーの頭をなで、フリュネの手を取った。


「さあ、私の代わりに荷車にお乗り」

「いいんですか?」

「いいとも。吾がここに座って祖霊神の助けを待とうよ」


 少年は頭を掻きむしった。


「あー、もう、わかったよ。代わりに俺ん家の絨毯(じゅうたん)を捨てる」

「いい子じゃ」


 にんまりと老婆は笑った。


「俺も連れて行け!」


 コカロが喚いた。


「お前は捨てていく。絨毯と一緒だ。要らないものから捨てる」


 フリュネは荷車に座らせてもらい、奴隷を捨てるのを納得した。

 肩の傷は妊婦たちが協力して手当てし直した。


「お前、プリー、腹減ってるな?」


 荷車に乗せてもらって安心したせいか、さっきからお腹がぐうぐう鳴りっぱなしだ。


「ほら」


 ロフォスは、荷車の横をついて歩きながら、日持ちがするよう硬く焼きしめたパンを渡した。


「ありがとう……」


 プリーはお礼もそこそこにパンにかじりついた。

 香ばしい小麦の香り。

 何日ぶりだろう。


「俺たちはミソフェンガロから逃げてきた。戦えないからだ」


 ロフォスの独白を半分かた耳からこぼしながら。


「俺の父も母も、ミソフェンガロに残った。東の犬どもと戦い、土地を守るために」


 数万の帝国軍と戦う数百のミソフェンガロの民の姿が、ロフォスの脳裏に浮かんだ。


 当然、ミソフェンガロにも避難命令はエウゲネス王から出ていた。

 だが、彼らは立ち退きを拒んだ。


「ここはマグヌス様に与えてもらった土地だ。帝国軍などに汚されてたまるものか!」


 元山賊のレステスは配下に檄を飛ばした。


 マッサリア・アルペドン軍はすでに退却している。

 レステスたちは、孤立無援の戦いを選んだ。


 その前に、子どもと剣を持てない年寄り、臨月の妊婦は逃がした。

 レステスの息子は、残って一緒に戦いたがったが、親父に張り倒された。


「お前が守らないで、誰が弱い者を守るんだ? つべこべ言わずにマグヌス様に事の次第をお話して良いように取り計らってもらうんだ。いいか!」


 ロフォスは、父に打たれた頬を撫でた。






 ミソフェンガロの抵抗は、帝国軍が長い追撃の間に待ち望んだものだった。

 久しぶりに骨のある獲物。


「象たちの恨み、思い知れ!」


 シュドルスは叫び、


「殿下、初手柄の良き機会、お先に!」


 メントール将軍は馬を駆った。


 レステスたちは、村の入口の谷間に砦を築いて抵抗した。

 男も女も。

 矢が尽きれば石を投げ、それも尽きれば槍をそろえて帝国軍の圧倒的な兵力に立ち向かった。


「お頭、保たねえ!」 

「村に戻れ、神殿に立てこもれ!」


 レステスたちに導かれるように帝国軍は雪崩を打ってミソフェンガロに侵入した。


 そのささやかな抵抗を東帝国軍は(なぶ)った。


「攻城機を持て!」


 神殿ごと、レステスたちは押し潰された。

 あとは一方的な殺戮である。


「なぜ、お前たちは抵抗する?」


 鎧ごと自分の胸を貫いた槍の柄を握りながら、レステスは答えた。


「ここは俺たちの土地だからだ!」


 げふっと血を吐き、力尽きて倒れた身体に足をかけて槍を引き抜く。


 アンドラスの方を振り向いたメントール将軍が残念そうに吐き捨てた。


「名のある者は居りませんな。せっかく戦ったのにそのかいがない」


 雑兵たちは別のことに夢中になった。


「見ろ! 井戸は清浄だ! 穀物庫も小麦でいっぱいだ」

「器も割られてねえ!」


 その様子を見て、


「ここでしばし休息を取ろう」


 血に飽きたアンドラスは配下の四万の兵に命じた。


 ミソフェンガロの大地を埋めて仮の宿を建て並べ、上級武官は損壊を免れた家屋に居を定めた。

 どうせマッサリア兵は逃げることしかできないと決め込んで……。


【突発更新まつり実施中】にて、明日も更新します。


第159話 ミソフェンガロ


夜8時ちょい前をどうぞお楽しみに!

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