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第十章 157.虫

【突発更新まつり開始です!!】

 塩商人のアウティスは、アルペドンの東部に立派な別荘を構えていた。

 風光明媚で知られる、渓谷の側である。

 在留外人は原則不動産を持てないが、彼は金に物を言わせて、不動産取得権を買い取っていた。


 共に住まうのは「マッサリア王を(とりこ)にした」美女フリュネ。

 マグヌスには解放を断られたが、これまた金の力で有力者を動かし、解放させた。


 フリュネの魅力にアウティスの女好きもとどめを刺されたようで、本来二人は仲睦まじくマッサリアの王都で暮らしていた。


 塩の商いを中心に商売は順調で、可愛い女の子まで生まれた。名はプリーという。


 そんな日々に突然、東帝国軍の侵攻である。

 

「王都は危ない。別荘に避難しよう」


 アウティスの意見にフリュネも賛同し、一家は数人の奴隷を伴に自慢の別荘に居を移した。


「やあ、あんたも避難組かね」

「そういう貴殿も、王都を見捨てなさったか」

「そりゃ、ごめんだね。市民ならともかく、儂ら在留外人や解放奴隷には関わりのないことだ」


 同じ自由人でも、市民権のあるなしでは待遇が違う。

 アウティスはそれを皮肉ったのだ。


 彼らのような、実力で成り上がったが市民権の壁に歯噛みしている者たちは、自然とこの渓谷沿いに立派な別荘を建て並べ、「ここでは市民と非市民が逆転している」とまで、識者に言わしめる勢いだった。


 そのまま、何事もなく、渓谷は美しい春を迎えた。


 悲運だったのは、ちょうどここが内陸部を侵攻する帝国軍の通り道になったことである。


「間もなく、この近くに東帝国軍が攻め寄せる。皆、急ぎ避難せよ」


 マッサリア王からの警告に、静かな別荘地は蜂の巣をつついたようになった。


「俺たちが市民じゃないから守らないというのか!」


 アウティスは、伝令の騎兵に食ってかかった。


「いや。市民にも避難してもらっている。生命が惜しければ貴重品なり食料なり持って」


 騎兵の返事は取り付く島もない。


「仕方がない。お前たちは逃げろ。俺はマグヌスのやつになんとかならないか交渉しに行く」

「王宮は遠いわよ。待ってられないわ」

「なに、留守の間ちょっと離れて農家の主人にでも銀を握らせれば面倒くらい見てくれるさ」


 アウティスは、一番信頼している奴隷のコカロを呼んだ。骨ばって背の高い中年男だ。


「旅支度をしろ。フリュネとプリーを守って戦場から離れるんだ」

「かしこまりました」


 まだ夜は寒い時期である。

 三人は厳重に旅支度を整えてあてのない逃避行に出た。

 金袋はフリュネが厳重に懐にしまった。


 見送ってアウティスも馬を手配する。




 この時、東帝国軍は渓谷の近くに金持ちの別荘地があると情報を仕入れていた。


「金持ちの尻は重い。ここを襲えばなにがしかの収穫はあろう」


 いったん追撃を中止し、数名ずつの班を組んで、脇道を探索し始めた。


 その探索網の中に飛び込む……フリュネたちは、最悪の選択をしてしまったのだ。

 

 あてにしていた地元の農夫たちも、一家をあげて避難しており、フリュネたちは敵地をさまようこととなった。


「女だ! 女がいるぞ!」


 (なまり)の違う言葉を話す兵士たちに遭遇し、フリュネたちは必死で森の中を逃げた。


「あっ!」


 プリーをかばったフリュネの肩を矢がかすめた。


「しっ、おかみさん、静かに伏せてくだせえ。やり過ごしますぜ」


 コカロが、窪地に皆を誘導する。


 兵士たちは下卑た冗談を言い交わしながら通り過ぎた。


「行ったみたいですぜ」


 プリーが着物(キトン)の端を裂こうと懸命に引っ張る。

 コカロが短剣で裂いてやった。

 

 フリュネの肩から胸は血で染まっている。傷は思ったより深かった。


「こりゃ動かせねえ。おかみさん、見つからないように祈るこった」


 フリュネは青ざめた顔でうなずいた。


 窪地にとどまること数日。

 コカロが、小川を近くに見つけて水は確保できたが食料が尽きた。


「おかあちゃま、お金をください。食べ物を売ってくれる人を探しに行きます」


 プリーが空腹に耐えかねて訴えた。


「駄目よ。我慢するの」


 幸運は向こうからやってきた。

 同様に逃げ惑っていたらしい富農の一家が、窪地の側を通りかかったのだ。


 プリーは口数も少なくなってしまった母親の懐から、銀貨を詰めた袋を一つ引っ張り出して、荷車をロバに引かせた富農一家を後ろから呼び止めた。


「麦を売ってください。お金なら払います」


 お腹はペコペコだった。


「どうする?」

「困ってるようじゃない。あれを売ってやればいいわ」

「そうか、あれをな」


 フリュネなら、この会話の不穏さに気付いただろうが、幼いプリーにはわからなかった。


「戦争が近くに来ると値段は上がるんだ」


 富農はプリーの後ろに立っている背の高いコカロを見ながらプリーの持つ袋を取り上げた。銀の輝きに満足して、


「袋一つどうしの交換だ。祖霊神に誓って公平にな」


 富農の妻が、荷車の上から穀物の袋をドスンと投げ落とした。


 コカロがそれを拾って担いだ。


「ありがとう。ありがとう。おじさん、おばさん」


 富農は返事もせずに先を急いだ。

 農夫たちは、普段住まう家とは別に、遠く離れた耕作地に簡素な作業小屋を持つことが多い。

 たぶんそこへでも避難するのだろう。


 プリーは急いで枯れ葉の上に横たわる母のもとに急いだ。


「おかあちゃま、麦です。コカロに粥を炊かせましょう」


 フリュネは黙ってうなずいた。


 プリーは固く結ばれた穀物の袋の口を縛る紐を解いて中身を見た。


 ゾワッと麦が動いた。


「え、ええっ……」


 袋の中にはビッシリと虫が(うごめ)いていた。

 ゾワゾワ動くのが気味悪く、プリーは思わず袋を手放した。


「しかも(もみ)じゃあねえか。食えねえよ。これは」


 代わりに覗き込んだコカロが冷酷に事実を告げた。

 虫の湧いた籾摺(もみす)り前の麦の袋だったのだ。


「だから世間知らずは!」


 怒りはプリーに向かった。


「ガキが! 責任取りやがれ!」


 コカロはプリーをつかみ、地べたに押し倒した。


 恐怖のあまりプリーは声も出ない。


「やめて……代わりに私を……」


 細い声をあげてフリュネが上半身を起こした。


「あいにく、俺はちいちゃいのが好きなんだ」


 せせら笑ってコカロはプリーに覆いかぶさろうとした。



【突発更新まつり】につき、明日も更新行います。


第158話 レステスの意地


明日も夜8時ちょい前をお楽しみに!!

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