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第十章 155.レーノス河口沖海戦

 提督ゲナイオスは困惑した。

 当初の申し合わせ通りに東方のエウレクチュス方面に貨物をあげようとしたのだが、肝心のエウゲネスたちが敗北して西へと逃げ帰っている。


「なに、王都が囲まれただと!」


 早舟での報にゲナイオスはすぐに考えを改め、運んできた膨大な食糧や資材を王都に届けようとした。


 急ぎ反転して、レーノス河河口の最近やっと整備され始めた港に船をつける。


「荷揚げだ!」


 こうしている間にもマッサリア海軍の監視の目をかいくぐった東帝国海軍の丸船が、貨物を満載してレーノス河を遡上していく。


「叩くのは敵の三段櫂船だ。多少は見逃しても構わん」


 大急ぎで荷を下ろす味方の丸船を残し、帆柱と帆を港に置いて臨戦体制を整えたマッサリア海軍の三段櫂船、まずは二百隻。


「おや、敵さんの数が妙に少ないぞ」 


 偵察に出た五十櫂船の船長がつぶやく。


 確かに、こちらへ向かう敵船は百隻ほどしかなかった。


「いつの間に見失った……」


 見張りは焦った。 


「何処かから回り込んで襲う気か?」


 名前の通り、多島海である。

 島影に隠れ、地元民しか知らない海流に乗り、不意を打たれる心配はあった。


 報告を聞いたゲナイオスは、


「敵に策があるというなら乗ってやろうではないか」


 と、大胆な発言をした。


「敵船がここから確認され次第、戦闘態勢に入る」


 北風を避けて島影に身を潜め、帝国海軍を待ち受ける。


 しかし、実際の戦況はもっと深刻だった。


 実は、帝国海軍にはより詳細な地上戦の模様が報告されていた。


 陸上部隊が二つに別れたため、海運にあたる東帝国軍の海軍も二手に分かれた。


 一方はレーノス河を徐々に遡上(そじょう)して王都を包囲しているダイダロス将軍に補給を目論み、もう一方はリマーニ港まで進んでここの制圧を狙う。


 提督ゲナイオスが戦う相手になるのは、前者である。後者はトラス島を経由し、戦場を迂回してリマーニ港へ向かった。


 ただそれは後にわかったことで、ゲナイオスは目前の百隻ほどに集中していた。


「ふん、しょせん湾内での海戦しか知らぬ者どもよ」


 ゲナイオスが言った通り、東帝国海軍の三段櫂船は重量があって喫水が深く、動きは鈍重であった。

 対するにマッサリア海軍の三段櫂船は船体の軽量化に努め素早く衝角攻撃をかけることができた。

 ただし、それは同時に、船体が柔らかい木材でできており一度攻撃を受ければ容易に分解してしまうことも意味していた。


「風を読め! 攻撃に移るぞ!」


 北風と荒波に流されないよう左右の櫂を調節しながら横一列の攻撃体制をとる。


「前進!」


 ルテシア人の奴隷たちが甲板の下で必死に櫂を動かしていた。


「もっと!」


 鞭が鳴る。


「来るぞ!」


 いずれかの敵船に接触したらしい。

 握りしめた櫂が弾け飛ぶような衝撃が彼らを襲った。


 慣れ親しんだ海域、敵の倍の戦力、優れた操船技術……ゲナイオスたちはたちまちに東帝国海軍の三段櫂船を圧倒し、食料を満済した丸船を拿捕した。


「弱い。弱すぎる。」


 勝利の快感は長くは続かなかった。

 彼の第六感が告げたとおりに悲報がもたらされた。

 

「リマーニ港が占領されただと!」


 抜かった……。


 この頃になってやっとマッサリア・アルペドン軍の主力は内陸に東帝国軍を引き込んでいるとの報が入った。


「帝国軍の補給を断つつもりか。だが、エウゲネス王よ、話が違うではないか」


 眉間にしわを寄せてゲナイオスは考え込んだ。

 王都防衛に加わるべきか、リマーニ港を攻めるべきか。


 王は北西へと街道を選び、すでにアルペドンに入っているという。


 ゲナイオスは、王都に向けて偵察隊を派遣した。

 偵察隊は東帝国軍のダイダロス将軍に阻まれてマッサリア軍に接触することは叶わなかったが、竜将ドラゴニアらが善戦していることはつかんで帰ってきた。


「よし、ならば王を支援しようではないか。拿捕した丸船の積荷を王に届けよ」


 一度下ろした荷はそのまま王都に運び込み、拿捕した丸船を率いて岸伝いに西へ……リマーニの港へ進む。


 丸船の中身が極めて質の良い麦や高級ワイン、塩漬けの肉であったため、ゲナイオスたちは東帝国の富に驚いた。


「これほど満ち足りていながら、なぜにマッサリアを襲う?」


 彼は第三皇子アンドラスの追い詰められた立場を知らない。

 エウゲネスの策で、時間をかけてマッサリアの銀貨が東帝国の経済を蚕食していたことも理解していない。


 頭を振って眼の前の問題に意識を集中する。


「なぜリマーニ港が……」


 時間が少し遡る。


 リマーニ港は、軍港らしく陸は二つの千人隊、海は五隻の三段櫂船と十隻の五十櫂船に守られていた。


 そこにまず接近したのはインリウムの海軍だった。


「おう、友軍だ、囲みを解け」


 マッサリア海軍は疑うことなく警戒線の内側にインリウム海軍を入れてしまった。


 そこで八十隻ほどのインリウムの三段櫂船が、無防備なマッサリア海軍に衝角攻撃を仕掛けたのだ。

 たまったものではない。


 守備に就いていたマッサリア海軍はほぼ壊滅し、陸上の部隊が慌てて港に木材を投げ込んでインリウム海軍の入港を阻止しようとして揉み合いになった。


 インリウムの三段櫂船には、マッサリア以上の人数の重装歩兵がのりこんでいた。

 それが彼らの船の速度が遅い理由でもあったのだが合わせて千五百名ほどの兵力が、リマーニ港へ上陸を果たした。


「いったん引け! ゲナイオス提督のご判断を仰げ!」


 インリウム海軍の後ろに、別の船の集団を発見して、マッサリアの守備兵は軍を引いた。


 妨害物が取り除かれた後、東帝国海軍はゆうゆうとリマーニ港を占領し、居座った。


「名高いリマーニ港を落としたぞ!」

「丸船の乗員、積荷を下ろせ」


 食糧や矢などをここから内地の味方に送る。


 戦場は移動している。


「アルペドン……そんな奥地まで入り込んで、こっちの苦労も考えて欲しいもんだ。」


 途中で襲われるのはわかっているから、誰もが行きたがらない輸送業務だった。


「駄馬や荷車を徴発しろ。俺が行く」


 旗艦の指揮官がやむを得ず名乗りを上げた。


お久しぶりです。


次回、156話 毒リンゴ


木曜夜8時ちょい前をお楽しみに!



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